約 2,287,703 件
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/98.html
新聞部・放送部の合同企画、後援北高生徒会でお送りしております「北高、あの人に聞け」。 今回は第50回を記念し、何人もなしえなかった危険極まりない暴挙、見た目はスレンダーなくせに出るとこ出たどえらい美少女、中身は修羅か般若か阿鼻叫喚奇天烈魔人と称されるSOS団団長に単独独占インタビューを試みんばかりのラグナレク神々のたそがれだあ! 部室棟の廊下を一歩、また一歩と近づく先には、おおっと、北高七不思議をすでに五つも塗り替えた、あのSOS団に、占拠占領された、これが文芸部部室かあ! さあ、今まさにドアノブに手をかけようとしているしているところだあ! ん、固い、開かないぞ、これはどうしたことだ!? さっそく唯我独尊平成の金剛曼陀羅卍固め涼宮ハルヒの逆鱗にふれたのか、部室のドアまで金しばりだ! おっと、ドアが今ものすごい勢いで、蹴り開けられた!中からは、成層圏を突き破らんばかりに噴煙をあげる空前絶後のツンデレ活火山、涼宮ハルヒの登場だ! 「あんた、だれ?」 いきなり身も凍りつくような、団長直々の、これは氷の微笑かあ!しかも全然笑っていないぞ!開口一発「あんた」呼ばわりとは、どこの六星占術だ!態度のでかさもギネス級か!? 「バカなこと言ってると蹴るわよ」 と言い終わらないうちに、んご!がはっ!いきなり水月と鳩尾に神足の前蹴り二発だあ。これはとても立ってはいられないぞお。 「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」 おっと、顔面にさわやかにやけスマイルをはりつけて、今の蹴りのお詫びもなしか?ホスト系白魔術師の笑顔をたたえながら鮭の臓物包み上げパイのごとくお前のはらわた真っ黒か?北高随一の黒軍師、SOS団の歩く微笑三太郎、古泉一樹の登場だ。 「団長、彼は放送部の方で、SOS団を取材したいとの申し出がありましたので、こうして来ていただきたのですが」 「あら、そうなの? キョン、あんた聞いてた?」 「取材申込があったとき、おまえもいたろ? というか、俺が止めるのも聞かず、おまえが『まあ、いいわ』って答えたんだろ」 「そうだったかしら。どうでもいい、って意味で言ったんだと思うけど」 「まあまあ、そうおっしゃらずに。彼は団長のありがたいお言葉をぜひお聞きたいと仰せです」 「あ、あの、粗茶ですが、どうぞ」 おおっと、これは甘露の声も高いプリティ粗茶の応酬だ!これぞロリと巨乳の二枚貝、地上に舞い降りSOS団に拉致されたメイド・オブ・エンジェル・オブ・レジェンド朝比奈みくるだあ!そしてその奥で1mm足りとも微動だにしない、この騒ぎにもクリアランス・バーゲンの三宮地下街に迷いこんだコケシのさながらのたたずまいかあ、水着フィギュアはちょっと胸がありすぎるように思うぞ、長門さん何読んでるの、って知ったことかあ!SOS団が誇る一人大英図書館クール・ビューティ長門有希だあ!うが、んご!! 「騒いでるのはあんただけよ。真面目にやる気あんの?」 「ハルヒ、足癖悪いぞ」 「なによ。このバカがバカなこと言ってるのに、黙って見てるあんたの怠慢よ。雑用係なら雑用係らしく、あたしの蹴りが飛ぶ前にあんたがぶん殴るのが当然でしょ」 「おまえはどこの独裁者だ?相手が失言したら、まず口で言え。でないと言葉に窮して暴力に訴えたと思われても文句が言えんぞ」 「むきー!あたしがこんなのに言い負けるとでもいうわけ?」 「そうはいっとらん。ああ、おまえなら、相手がどんな悪徳弁護士だろうと淫祠邪教の教祖だろうと、口だけで軽く勝つだろうさ。仲間を悪く言われたことにおまえが怒ってるのもわかってる。だがな、目的は必ずしも手段を正当化しないんだ。正しい意図を抱いてるんなら、まずは正しい手段を使え。それからでも遅くないだろ?」 「わ、わかったわよ。……で、質問は何?」 おっと、いまようやく、よーやく、マイクが返って来たあ。北高の破壊と戦いの女神カーリーを、制止できるのはやはりこの男しかいないのか? 発生したのは千年の恋もいちゃつく桃色空間かあ! 自分のキャラ・ソンに嫁引っ張り出してうれしいかあ! 言うこと、表現、どれをとっても老け過ぎだ、この物語の語り手にして主人公こと名無しのキョンだあ! さて、最初の質問は、な、ななんと、涼宮ハルヒのスリーサイズだあとおお! こんなのことは、設定資料集か、書いてないけど『涼宮ハルヒの公式』を読め! というか空気を読め! らき☆すたのCMに出ていた特盛り女は別物だああ! いきなり親父雑誌級、週刊ポスト的質問を飛ばせとは、これぞ神をも恐れぬ暴挙か、死んでこいとの詔(みことのり)か。んお、がは! 「……あ、すまん。今、このあたりに人のアタマ大の蚊が飛んでたように思ったんだが、気のせいだ」 「キョン、あんたなかなかやるじゃない!でも一人占めは許さないわよ」 んがあ!!ごほ!ごおほ! 「こらこら、笑いながら人を蹴るな」 「いまのあんたには髪の毛一本分の説得力もないわよ。それに、こういうのは中途半端はダメなの。生き返ると面倒だからアタマつぶしとかないとね。でないと、どこのお白須に訴え出ないとも限らないわ」 「今は江戸時代か?それと、おまえはどこの伝説の裏番だ?無法が通れば道理が引っ込むんだぞ」 「だったら無法でたくさんよ。あんただって前科者になりたくないでしょ?あたしはいやだからね」 「古泉、いと気高き団長様は俺が押さえとくから、その隙にこいつを逃がしてやってくれ」 「キョン、放しなさい!まだ話は終わってないわ!」 「こんな奴相手に拳で語るな。帰りに何かおごってやるから」 「いやいや。お二方とも、あの方は帰って行かれましたよ。それにしても良いものが見れました。あなたもなかなかやりますね」 「なんのことだ?」 「キョン、いまさら知らばっくれても遅いわよ。二つの目でしっかり見たからね」 「ええ、ぼくもしっかり」 「あ、あたしも見ました」 「見た」 「という訳で、帰りはみんなで街に繰り出してどんちゃん騒ぎしましょう。支払いは、分かってるだろうけど、あんただからね!」 (後日) おっと、そこにいるのはわずか5分00で恋を駆け抜けた前人未到の恋愛スプリンター、中の人は「ここいち」で今日もバイトかあ? ミスター忘れ物大帝、谷口某だあ!んご!! 「おい、こないだの奴が谷口にからんで殴られてるぞ」 「バカはほっときましょ。それより帰りにどっか寄ってかない?」 「まあ、いいが。いつものサテンにするか?」 「うーん、変り栄えしないけど、まあいいわ。当然、あんたのおごりよね!」
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/50.html
涼宮ハルヒの憂鬱 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成15年(2003年)6月10日 本編:293ページ 表紙絵:涼宮ハルヒ タイトル色:赤色 受賞:第8回スニーカー大賞<大賞>受賞(選考委員:あかほりさとる、飯田穣治、藤本ひとみ、水野良)注:全会一致でスニーカー大賞に選定。 初出:第8回スニーカー大賞受賞作『涼宮ハルヒの憂鬱』に加筆修正したものです。 初出順第1話 裏表紙のあらすじ紹介 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに着なさい、以上」入学早々ぶっ飛んだ挨拶をかましてくれた涼宮ハルヒ。そんなSF小説じゃあるまいし……と誰でも思うよな。俺も思ったよ。だけどハルヒは心のそこから真剣だったんだ。それに気づいた時には、俺の日常は、もうすでに超常なっていた――。第8回スニーカー大賞<大賞>受賞作、ビミョーに非日常系学園ストーリー! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page9 第二章・・・Page47 第三章・・・Page101 第四章・・・Page138 第五章・・・Page161 第六章・・・Page204 第七章・・・Page250 エピローグ・・・Page294 あとがき・・・Page301 解説 スニーカー文庫編集部・・・Page304 アニメ テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』 放送第2話『涼宮ハルヒの憂鬱 I』(2009年放送では第1話) 放送第3話『涼宮ハルヒの憂鬱 II』(2009年放送では第2話) 放送第5話『涼宮ハルヒの憂鬱 III』(2009年放送では第3話) 放送第10話『涼宮ハルヒの憂鬱 IV』(2009年放送では第4話) 放送第13話『涼宮ハルヒの憂鬱 V』(2009年放送では第5話) 放送第14話『涼宮ハルヒの憂鬱 VI』(2009年放送では第6話) 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第1巻に収録第1話『涼宮ハルヒの憂鬱Ⅰ』 第2話『涼宮ハルヒの憂鬱 II』 第3話『涼宮ハルヒの憂鬱 III』 第4話『涼宮ハルヒの憂鬱 IV』 第5話『涼宮ハルヒの憂鬱 V』 コミックス第2巻に収録第6話『涼宮ハルヒの憂鬱 VI』 第7話『涼宮ハルヒの憂鬱 VII』 第8話『涼宮ハルヒの憂鬱 VIII』 第9話『涼宮ハルヒの憂鬱 IX』 みずのまこと版 コミックス1巻 ※保有している方加筆お願いします。 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 朝倉涼子 谷口 国木田 キョンの妹 朝比奈みくる(大) あらすじ 後に繋がる伏線 こぼれ話 スニーカー大賞投稿時から現在に至るまで一貫して本作のタイトルは『涼宮ハルヒの憂鬱』である。谷川流が投稿作のタイトルを思案していたところ、本棚に並んでいた吉野朔実著『栗林かなえの犯罪』が目に留まり、「よしこれをパクろう!」と思い立ち本タイトルに決定した。しかしながら、単行本発行の際、憂鬱という文字が(当時のライトノベルユーザーには)読み辛いのではないか?という意見が編集部の中で上がり、【創造主のマスカレード】【グルグルグルーミー】【ダブルサイドH】等、40本以上のタイトル案が出され、担当編集と編集長による会議の結果「この作品を読んでもらって憂鬱という漢字を覚えてもらえばいい」との結論に至り、応募タイトルのままの出版と相成った。 実在時系列順エピソード表 ※出版年や西宮市に実在した夏祭り、および本編の記述から、憂鬱編は西暦2003年の出来事と推定。 2003年5月06日(火) 「曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策か」 2003年5月13日(火) 「ないんだったら自分で作ればいいのよ!」→文芸部室占拠 2003年5月14日(水) みくる連行→SOS団設立 2003年5月20日(火) パソコン強奪事件 2003年5月21日(水) SOS団サイト設立、放課後校門にてバニーで宣伝 2003年5月22日(木) みくる学校を休む→国木田「ほんと昨日はびっくりしたよ」朝倉「このSOS団ってなんなの」 2003年5月23日(金) 古泉来た→長門マンションで電波話 2003年5月24日(土) SOS団ミーティング 2003年5月25日(日) みくる未来人告白、長門と図書館 2003年5月27日(火) 古泉超能力者告白 2003年5月28日(水) 長門vs朝倉 2003年5月29日(木) 大人みくる登場、ハルヒ過去告白、梅田で閉鎖空間 2003年5月30日(金) 「ポニーテール萌えなんだ」 刊行順 ↑第1巻『涼宮ハルヒの憂鬱』↑第2巻『涼宮ハルヒの溜息』→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/950.html
第 一 章 あれから四年。 俺は無事に大学を卒業し、既に就職していた。いわゆる社会人というやつだ。 ハルヒによる補習授業のおかげで、俺はなんとか大学に進学する学力を身につけ、苦労の末に無事卒業することが出来たのだ。 ハルヒは俺とは別の大学に入学し、首席に近い成績で卒業。さらに世界を盛り上げるための活動をするとやらで、大学院に進んでいる。 世界を盛り上げるなんていう発言は以前と変わらないハルヒらしさだ。ハルヒは自分が不幸を感じているときは周りの人間を否応なく道連れにし、自分が幸福を感じているときはそれを無条件で周囲に拡散させていく、そういう奴だ。 そして、俺はそういうハルヒにますます惹かれていたのだった。 長門と朝比奈さんとは、高校卒業以来会っていない。 卒業式の後、部室で盛大かつ壮絶たるSOS団解散式兼お別れパーティーが開かれ、朝比奈さん、鶴屋さんを含む六人でバカ騒ぎをした。 その後いつものルートで最後となる集団下校をし、長門とは駅前で別れた。 肌寒さの残る、うす曇りの夕暮れ。 「あなたがいてよかった」 別れ際、長門が俺にだけ聞こえる声で言った。 いつもの無表情には違いなかったが、長門が感情を押し殺している風に感じられた。 長門も密かにSOS団との別れを惜しんでいるのだろう。 長門、情報統合思念体に戻っても幸せに暮らしてくれよ。お前は情報統合思念体の中でも先駆者だ。なにしろお前はハルヒに散々振り回されたおかげで、元々の機能にはない感情ってものを獲得したんだからな。仲間に自慢出来るぞ。絶対にな。 「さようなら」 「じゃあな、長門。元気でな」 別れは辛いが、これは仕方がない。結局のところ長門を含む情報統合思念体は切望していた自律進化のきっかけを手に入れ、朝比奈さんたち未来人は約束された未来を手に入れ、古泉の機関は神人に悩まされることのない安息な日々を手にいれたのだ。 そして長門は情報統合思念体に戻り、朝比奈さんは未来に戻り、古泉は本来の生活に戻る。 つまりは全てハッピーエンドだ。これで別れを惜しんでいてはバチが当たる。 長門の後姿を見送りながら俺はそんなことを考えていた。 卒業式からしばらく経った後、朝比奈さんから手紙が来た。 『会ってお別れするのは辛いので、お手紙を書くことにしました。 キョン君には本当にお世話になりました。今までありがとうございました。 もっと色々書きたいことがありましたが、書くともっと辛くなりそうなので。 これからもお元気で。涼宮さんとお幸せに。 朝比奈みくる』 いつものファンシーなものではなく、やけに体裁の整った封筒と便箋が、本当の別れを実感させた。 お世話になりましたなんてとんでもない。俺こそ朝比奈さんには本当にお世話になりました。 高校生活の日々、朝比奈さんは俺にどれだけ心の安らぎを与えてくださったことか。 でもいずれまた再会する日が来ますよ。未来の朝比奈さんはこの後何度か過去の俺に会うことになるんです。既定事項ですから。 俺がこれから先、朝比奈さんに会うことが出来るのかどうかは解らないが。 以前から覚悟していたものの、かぐや姫の物語がいざ現実になると、やはり寂しいものだった。 朝比奈さんに直接お別れの言葉が言えなかったのを口惜しく思う。 朝比奈さん、どうか未来の世界でお幸せに。未来人組織での立場向上だけでなく、この世界では出来なかった恋愛もがんばってください。 あなたなら自らがんばらずとも、男共が黙っていないでしょうけどね。未来でもきっと。 ちなみに、古泉とは高校卒業後も友人づきあいがある。 俺たち二人は、常人のそれをはるかに上回る過酷な高校生活を共に乗り切った、いわば戦友のようなものだ。 以前古泉が言った、対等な友人同士として昔話を笑って話せる日は今ここに実現している。 古泉の言動がそれまでと変わったことについて、ハルヒも俺も最初は驚いたが、正直なところすぐに慣れた。 二人とも、何の含みもなく屈託なく笑う古泉に以前よりはるかに好感を抱いていた。 機関は古泉の卒業と同時に解散されていた。もはや機関がすべきことは何も残されていなかったからな。 俺が就職して三ヶ月と少しが経った頃、七夕の日に俺とハルヒは結婚した。 「どうせこのままずっと一緒にいるんだから、もう結婚しちゃっていいじゃない。こういうこ とは早いほうがいいのよ」 ハルヒがそう提案し、俺もそれに同意したからだ。プロポーズくらい俺にやらせて欲しかったな。まあ似たようなセリフはあの閉鎖空間の中で既に言ってあったんだが。 就職して間もなかった俺は、そのため貯金などほとんどなく、ハルヒも学費を出してもらっている身分で大層な披露宴など気が引けるという理由で――そういう控え目な考え方をするハルヒは高校生の頃からは到底考えられないのだが――、披露宴はお互いの親戚だけを集めた食事会ということにした。 無論、古泉と鶴屋さんを交えた四人のパーティーは盛大にやったけどな。 長門と朝比奈さんには当然ながらこちらから連絡をつけることは出来なかった。二人とも俺たちが結婚することを知らなかったのか、あるいは知っていたとしても参加出来ない事情があったのだろう。 この頃にもなると、ハルヒはすっかり一般的な性格と生活を獲得していた。 エキセントリックな振る舞いは多少残っていたが、それはあくまで一般的という範疇に収まるものだった。 古泉が言ったとおり、ハルヒは二度目の情報爆発の際に、以前の能力を完全に失ったようだった。 情報爆発以降も時々不機嫌になることはあったが、古泉が断言したとおり閉鎖空間を生み出すことはなくなったようだ。古泉の能力が消えても世界が破滅していないのがなによりの証拠だ。 こうして平凡でありながらも、幸せな日々は続いた。 俺の社会人生活は、慣れない仕事に苦戦しながらも、まずまずの滑り出しだったと言える。 ハルヒの学生生活は言うまでもなく極めて順調だった。 このまま平穏無事に暮らせたなら、俺はどれだけ心安らかだっただろう。 だが、何者かがそれを許してはくれなかった。 ハルヒは結婚の二ヶ月後、突然学校で倒れたのだ。 仕事場に連絡を貰った俺はすぐさま病院に直行した。入院先は、例の機関御用達の総合病院。 古泉が昔のよしみで手配してくれた。 「昼ご飯食べてるときになんだか急に意識が遠のいちゃって。全くみっともない話だわ」 ハルヒがそう言うのを聞いて、俺は安心した。 「全くだ。お前らしくもないな。元気だけが取り柄、ってわけでもないが、お前が病気で倒れるなんて見たことねーからな」 ベッドの上のハルヒは、見るからにいつものハルヒそのままだった。軽い貧血か何かで倒れたんだろう、という程度にしか考えなかった。 症状は大したことはないが検査のため今日は様子を見て入院させる、と言う医師の言葉にも、不自然さは感じるにせよ、俺はちっとも心配などしていなかった。 だからハルヒが翌日再び病室で意識を失ったと聞いたとき、ようやく俺はこれがただ事ではないということに気づかされた。 「昨日から今朝にかけて一通りの検査をしてみましたが、結論から申し上げますと全く原因が解りません。あらゆる検査の結果は全て、奥様は完全な健康体であることを示しています」 何しろ元機関お抱えの病院だ。最高の医師たちが揃っているに違いない。そして彼らが原因不明と言うならば、それは誰が見ても間違いなく原因不明なのだ。 身体上の数字は至って正常であり、ハルヒは普段と何一つ変わらない様子だった。一旦意識を失うとしばらく目を覚まさなくなる、ということを除けば。 俺は会社に事情を説明し、長期休暇の許可を得てずっとハルヒに付き添った。 以前俺が階段から転げ落ち、意識を失ったときと同じ個室。あのときハルヒは今の俺と同じような気持ちで俺のそばにいてくれたんだろうな。 医師達がサジを投げるまでにはそう長い時間は必要とされなかった。 ハルヒは意識を回復させては、眠りにつくということを数日間繰り返した。 そして起きている時間と寝ている時間の割合は次第に逆転し、ついにはほとんどの時間ハルヒは意識を失い続け、起きている間ですら意識が朦朧とした状態になった。 焦燥しきった俺は藁にもすがる思いで、ハルヒの意識があるわずかな時間に、自分がジョン・スミスであることを告白した。 こうすればハルヒの中で何かが起こり、突然元気になってくれやしないか、と思ったのだ。 俺はジョン・スミスのことをあの閉鎖空間の中でもそれ以降も、一度も口にしたことはなかった。 もちろん、ハルヒにSOS団メンバーの正体を明かすことを避けたかったからであるが、理由はそれだけではない。 俺を愛してくれるハルヒには、ジョン・スミスの存在は必要ないと思っていた。それが俺とハルヒの関係に何らかの好ましくない変化を与えるかもしれないとも考えていた。 だが俺は意を決し、その事実をハルヒに打ち明けた。 そしてその決意もむなしく、結論から言えばそれは何の効果もなかった。 「そう……あんたがあのジョンだったなんてね。高校一年のとき、あなたと以前どこかで会ったことがあると感じたのは間違いじゃなかったのね。……だとしたら、あのとき背負ってたのはみくるちゃんなの?」 あいかわらず勘がいいな、お前は。 「そうなんだ。そう思えばあたしの人生って結構不思議なものだったのね……」 お前は知らないだろうけどな、お前の人生は普通とは比べ物にならないくらい不思議なことで満ち溢れていたんだぞ。 「色々あったわね……今まで幸せだったわ。あんたのおかげよ」 頼むから、そんな今生の別れのようなことを言ってくれるな、ハルヒ。 ハルヒはそう言ってしばらく後、また眠りについた。俺も数日前からの徹夜の付き添いの疲れからか、いつの間にか眠りについていた。 ハルヒはその一時間後、そのまま目を覚ますこともなく、俺に気づかれることもなく、唐突に、ひっそりとこの世を去ってしまった。 自分自身がわけの解らん奴なら、死ぬときもわけの解らん死に方をするのか、ハルヒよ。 俺はハルヒが死んだという事実にわき目もふらずに、目から涙を溢れさせていた。 お前は高校一年のときの七夕を忘れちまったのか? あのときお前は世界が自分を中心に回るように、地球が逆回転するようにって短冊に書いただろうが。ベガとアルタイルに願いが届くまであと何年かかると思ってんだ。 俺はこの先、お前を取り巻く状況がどう変わるのかを楽しみにしてたんだぞ。お前がどれだけ世界を盛り上げ、そしてそれに俺がどう巻き込まれるかを。 そしてお前はこう言うんだ。 「ほらねキョン、あたしの言ったとおりでしょ!」 俺がいつも見ていた、そしてこれから先もずっと見られると思っていた、あの赤道直下の笑顔で。 ――一体、どこからこんなに涙が溢れてくるんだ。 あの閉鎖空間でのキスのときとは違った意味で、世界は変わってしまった。いや世界は終わってしまったのだ。 …なあハルヒ、俺はもうお前に会えないのか? …お前はもう戻ってこないのか? それから俺は数日間を泣き通した。 ハルヒの葬儀には、俺とハルヒの親族、俺の仕事の同僚たち、ハルヒの学校の関係者、学生時代の友人、そして古泉と鶴屋さんが参列してくれた。長門と朝比奈さんは、やはり姿を見せなかった。 参列してくれた皆が、心底俺に同情してくれた。 だが、俺はこの頃には既に涙も枯れ果てていて、ただ呆然とまるで他人事のような心境で葬儀を進めていた。これが現実だとは、俺には到底信じられなかったのだ。 ほんの数日前まで、そこに確かにあった俺とハルヒの日常。 やけに目覚めのいいハルヒがいつも先に起き、朝食を作ってくれた。 あいかわらず目覚めの悪い俺を楽しそうに叩き起こしてくれた。 朝食を食べながら一日の予定を確認しあった。 一緒に住まいを出て、駅で別れ、駅で待ち合わせた。 一緒に食材を買い、一緒に夕食を作った。 それらを囲みつつ一日の出来事と昔話とこれからの話をした。 そこにはいつも、俺のハルヒの最高の笑顔があった。 そしてそれは突然俺の前から消え失せてしまった。 そんなことを一体誰が信じられるものか。 ハルヒの葬儀からしばらくの間、結婚とともに越してきた住まいで、俺は抜け殻のような状態で日々を過ごした。 何もする気が起こらなかった。食事すらほとんどとらず、ただ起きて、ただ寝るだけのような生活。一体何日間そうしていただろうか。 そしてある日、俺は突然それを認識した。 ハルヒが死んだ瞬間に感じた、世界が変わってしまったという感覚が、またしても俺の感情の変化によるものだけではなかったことに。 ハルヒが死んでからというもの、俺の頭の中に奇妙な違和感が存在していることには気づいていた。 そして、それはハルヒの突然の死による悲しみがそうさせているのだろうと、俺は当然のように思っていた。 しかしそれは違っていた。それだけではなかった。 俺の頭の中に、突如としてSTC理論とTPDDが備わっていたのだ。 STC理論。朝比奈さん(大)が以前俺にその存在を教えてくれた時間平面移動の理論。 TPDD。時間移動をするための、頭の中に無形で存在する装置。 理屈じゃない。それが俺の頭の中にあることを、俺は実際に感じることが出来た。 なぜ俺に突然そんなことが起こったのか。理由はすぐに解った。 ハルヒがそれを望んだからだ。 ハルヒは、わずかに残された最後の力で、俺にこれらの能力を与えてくれていたのだ。 長門によって世界が改変されたとき、朝比奈さんは言った。STC理論を指して「あなたにもそのうち解ります」と。 朝比奈さん……つまりはこういうことだったんですか? ハルヒが俺に託してくれたこの能力。すぐに使い道は決まった。 だってそうだろ? 他の選択肢なんてあるもんか。 今まで散々俺を振り回しておいて、それで満足したらさようならか? それを他の誰が許したとしても、俺は絶対に許さない。 俺は確信を持って言える。お前のような、あまりにも規格外な人間を愛してしまった俺にとって、お前を忘れることなんて絶対に無理だ。出来るはずがない。 お前だって、俺がそう考えると思ったから俺にこの能力を託したんじゃないのか? 俺は静かに、そして強く誓った。 ハルヒが死ぬという事実を何としてでも変えてやる。この俺の手で! 俺はすぐに計画を練りはじめた。 これから俺はTPDDを利用し過去に時間遡行して、ハルヒの死の原因を究明し、それを防ぐために歴史を改変することになる。 時間は一刻も無駄にはしたくない。俺は早速試しにとばかりに、時間を一分ほど遡行しようと考えた。そのときそれは起こった。 目の前に突然もう一人の俺が現れたのだ。 つまり一分後の時間平面から時間を一分間逆行した俺だ。実際に試すまでもなく、TPDDの機能は実証されたのだ。 一分後の俺は、俺に軽く挨拶し、一分後の世界に戻ると言って目の前から消えた。 そして俺は一分前の世界への逆行を試みた。体全体がグラっと揺れる感覚の後、それは実にあっけなく成功した。俺は一分前の俺に軽く手を上げ、元の時間平面に戻った。 以前感じためまいや吐き気は全くなかった。これは時間移動距離の差によるものなのか。あるいはあのときの不快感は、時間移動の方法を隠すために俺に施された処置によるもので、つまり目隠しのような状態で車に乗せられれば誰だって酔いやすい、ということなのだろうか。 単純に、車を運転する人より助手席に座る人のほうが酔いやすい、ということなのかもしれない。 今この時間平面上で、STC理論を知りTPDDを得た人類は間違いなく俺だけだ。俺の知る限りでは、今の時代にはSTC理論の基礎すら出来ていない。それを作るであろうあの眼鏡の少年はまだ高校生くらいだろうからな。 つまり、おそらくは人類史上で最初となる時間遡行が今まさにおこなわれたのである。 やれやれ、まさか俺が輝ける人類初のタイムトラベラーになるとはな。 同時に、既定事項を満たすことの重要性に思い至った。朝比奈さんが必要以上に既定事項にこだわっていた理由を、身を持って理解した。俺がたかだか一分間の時間遡行を怠ってしまうだけで、その瞬間に歴史は変わってしまうのだ。 俺は家を出て人気のない路地に移動し、今度は過去一年間の時間遡行を試みた。 実に簡単だ。そう念じるだけでそれはおそらく可能だろう。 体が揺れる感覚がきた。移動は完了した。腕時計を見る。そしてそれが何の意味もないことに気づいた。時間移動をしたからといって時計の針が正しい時間に合わせて勝手に動いてくれるはずもない。それ以前の問題として、俺の腕時計は三本の針のみで構成されたシンプルなアナログ時計であり年月は表示されない。 俺は近くのコンビニエンスストアに足を運び、新聞の日付を見ることにした。過去の七夕でも使った手だ。 そして、俺は意外な結果を知ることになった。新聞の上部に記されていた日付は俺の予想とは違っていた。およそ一ヶ月までしか時間を遡ることが出来ていなかったのだ。 コンビニエンスストア近くの路地に入り何度か試してみた。過去一年間を三回、半年を二回、三ヶ月間を一回、未来については少し気が引けたが、一回だけ一年間の移動を試みた。 結果は全て同じだった。過去であろうが未来であろうが、俺が移動可能なのは前後一ヶ月間だけだった。 ならば、一ヶ月前の過去からさらに一ヶ月前に遡ればどうだ? それなら二ヶ月前に行けるはずだ。 だが結果は同じだった。やはり元の時間から一ヶ月以上移動することは出来なかった。 これはどういうことだ? 俺は住まいに戻り、その理由を考えてみた。 朝比奈さんは、少なくとも一ヶ月先から来た未来人ではなかった。実際に俺と朝比奈さんは、三年間の時間遡行をしたことがある。 では俺が一ヶ月以上の時間移動が出来ないのはなぜだ? それが俺の能力の限界なのか? たかが一ヶ月間の時間遡行で、ハルヒを助けることが出来るのか? あるいはそれは可能かもしれないが、その確証は一体どこにあるというのだ。 いくら考えても、有力な解答が導き出されるはずもなかった。 そうやってしばらく頭を抱えていた俺の眼前に、突如として信じられない光景が映し出された。 何の予兆もなく、光や音を発することもなく、その人物は突然俺の目の前に姿を現した。 朝比奈さん(大)だった。 「随分お久しぶりになりますね、キョン君」 俺は呆然として、しばらくそのアンバランスにしてかつ完璧なプロポーションを眺めていた。 我に返った俺はとりあえず疑問を投げかけた。 「っていうか、いきなり俺の目の前に現れたりなんかして、大丈夫なんですか?」 朝比奈さんは静かに微笑み、 「問題ありません。もうあなたの頭の中にはSTC理論もTPDDもあるんだもの」 なるほど、まさしくその通りだった。いずれ朝比奈さんにそれらのテクニカルタームについて解説して欲しいと思っていたが、まさかそれが突然俺の頭の中にひょっこり現れるなんて思ってもみなかったからな。 最初に俺が聞かなければならないのは、次の一点だった。 「朝比奈さんにこんなことを訊く失礼だというのは承知の上ですが。朝比奈さん、あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」 俺がこれからやろうとしていることは、明らかに歴史の改変だ。それがもし既定事項でないのだとすれば、未来人にとって俺は、きっと好ましくない存在になるだろう。 だが、そんなことは構いやしない。今の俺にはTPDDがある。未来を知らないということ 以外は、未来人とは対等の条件だ。 だが、朝比奈さんは俺に、変わらない笑顔でこう言った。 「私はキョン君を助けるためにやってきました」 もともと俺は朝比奈さん(大)に対しては少しばかり懐疑的な立場だ。だが今の言葉に嘘は全く感じられなかった。そもそも何かを隠すことはあっても平気で嘘を言えるような人ではないんだ、この人は。 「解りました。朝比奈さん、俺はあなたを信じます」 となれば、次の質問はこれだ。 「教えてください。ハルヒが死ぬことは既定事項なんですか?」 「それは…説明が難しいんですが」 と、前置きをして朝比奈さんは続けた。 「涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません。ですが今こうやって私たちが話していることもまた既定事項であると言えます」 正直なところ、何を言っているのか全然解りません、朝比奈さん。 「少し込み入った話になるんですが。未来からの通常の方法による観測では、涼宮さんが死ぬという歴史は存在しません。私たちの知る既定事項は、あなたと涼宮さんは生涯を共に暮らし、二人とも天寿をまっとうします」 その話は、今の俺にとって何よりも心強いです。でも未来のことを話すのは禁則事項ではないのですか? 「あなたはその気になればいつでも自分で未来を見に行くことが出来ます。あなたにはもはや禁則事項と呼べるものはほとんど残されていません。既定事項を満たすためにお話出来ないことはありますが」 なるほど、確かにそうだ。 「ですが、今のあなたはその未来に辿り着くことは出来ません。時間移動距離の問題ではありません。この時空から未来に行ったとしても、そこには涼宮さんがいない未来が存在するだけです。そして涼宮さんが死ぬという過去を観測出来ない未来人は、本来なら今のあなたに会うことは絶対に不可能なことなんです」 「つまり、それは一体どういうことですか?」 「簡単に言えば、今この時空は未来から閉ざされています。例えば歴史が上書きされた場合、未来からはその結果しか観測出来ません。そして涼宮さんが死ぬことは既定事項ではない。つまりこの時空は上書きされる予定であり、本来であれば私はこの時空には決してたどり着けないんです」 俺の頭上で回転するクエスチョンマークが朝比奈さんには見えたようで、 「思い出して、キョン君。長門さんが世界を改変したときのことを。あのとき、改変された世界に私が赴いて三年前の七夕……いいえ、長門さんさえいればどこでもよかったのだけれど、そこまであなたを連れて時間遡行すれば、あなたは苦労せずに歴史を再改変させることが出来たはずです。長門さんの脱出プログラムを必要とせずに。でもそれはされなかった。されなかったのではなく出来なかったの。長門さんに改変された世界は、最終的には長門さんの再改変によって上書きされました。つまり未来からでは、上書きされる以前の改変世界には辿り着くことが出来ないの」 「なんとなくですがそれは解りました。では朝比奈さんはどうやってここに来ることが出来たんですか」 「今私がこうしてこの時空に存在しているのは、預言者、言葉を預かる者と書くほうね、その人の力によるものなんです」 預言者……ですか? 「彼は未来人組織の中でも謎中の謎とされる人なの。いつの時代のどこの人であるかということも解りません。彼は私たち一般的な未来人が知る、歴史の上書きされた結果だけではなく、歴史が変わる過程をも知り得る、特異な能力を持つ存在だとされています」 俺は終わらない夏休みと長門のことを思い出した。 「預言者の話をする前に、あなたについて話す必要があります。少し長い話になりますが。今までのあなたの行動。これは全て既定事項だったんです。例えば、あなたが三年前の七夕に涼宮さんを手伝ったこと、あるいはSOS団結成のきっかけを与えたこと」 それはどちらかと言えば、俺が選んだ行動ではなく、朝比奈さんに与えられた行動だと思うんですが。 「既定事項というものは、そう簡単に覆るものではありません。未来人が過去に介入することは実はそんなに稀なことではないんです。だとしたら、あなたは歴史や未来をすごくあやふやなものだと感じるかもしれません。でも実際はそうではないんです。なぜなら未来人の介入も 含めて全てあらかじめ定められたこと、つまり既定事項なんです。例えば、幼かった頃、私と キョン君が少年を交通事故から守ったときのことを思い出してください。あなたはあれをあたかも他の未来人の干渉から歴史を守るために取った行動だと思ったかもしれません。でもそれは違うんです。他の未来人組織が彼を襲ったのも含めて既定事項なんです」 にわかには信じがたい話だが、それならいつぞやの敵対未来人組織が既定事項をなぞるだけの行動にクサっていたのには納得がいく。 「私たち未来人は、涼宮さんが作った時間断層を発見して以来、その時代周辺の歴史を丹念に調査しました。そして驚くべき事実を発見したの。それは未来に対して重大な意味を持つ事件がこの時代のこの地域に集中していたこと、それらの事件には私たちの時代の未来人が数多く介入していたということ、そして……それらの事件の全ての中心には、キョン君、あなたがいたということ」 「よく解らないんですが……、それは朝比奈さんたちがそう仕向けたんじゃないんですか?」 「いいえ。私たちは過去の事実に従って行動するだけです。私たちはなぜあなたが未来に関する全ての重要な分岐点に関わっていたのかを徹底的に調べました。その生い立ちから、生涯までを。これは大変な作業だったわ。だって、あなたの生涯とその周辺を調べるためには、あな たが生きたあらゆる時間平面に対して、常に誰かが監視する必要があったから。そのひとりがまだ幼かった頃の私。当時の私は涼宮さんの監視係であったと同時に、あなたの調査係でもあったの。これは後から知ったことだけどね」 なるほど、それは大変そうだ。仮に俺の寿命が七十年だとすれば、それを詳細に知るには七十年分とまではいかなくとも、相当の労力を費やさなくてはならないだろう。 「でも、結局はその調査は実を結ばなかった。未来人のあらゆる観測・調査によっても、あなたがなぜそのような立場になったのかずっと原因不明のままだったんです。観測上では、あなたは一方的に涼宮さんの起こす騒動に巻き込まれ、紆余曲折の末に涼宮さんと結婚し、そしてその生涯を平穏に送った、普通の人間です」 じゃあ、今ハルヒが死んで、こうやって朝比奈さんと話している俺は何なんだ? 「私が今こうしてキョン君と話していることは、他の未来人の誰も知らないことです。私と預 言者だけが知る事実。私が預言者から直接、ここに来てキョン君に助言を与えるようにと指令を受け、そしてこの時空間の座標を与えられたの。だから私は今ここに来ることが出来ているんです」 この朝比奈さんも、正体の解らない何者かの指示で操られているのか。俺は今まで朝比奈さん(小)に対する朝比奈さん(大)の態度に釈然としないものを感じていたが、結局は朝比奈さん(大)のほうも同じような立場だったんだな。今度から怒りの矛先はその預言者とやらに 向けることにしよう。 「預言者の話は、私には信じられないことばかりでした。だってそうでしょう? キョン君が 涼宮さんの死と引き換えに、人類初のタイムトラベラーになるなんてこと」 その意見には俺も全面的に同意します。 「そして、さらに預言者は驚くべきことを言っていました。あなたは誰の制約も受けずに歴史を改変する権利を得た唯一の人物なの。言い換えればあなたは物語の主人公のようなもの。物語の世界が主人公の望まないものになることはあまりないでしょう? 例えば、涼宮さんはあなたの知るとおり何度か世界を作り変えようとしました。でもあなたはそれを望まなかった。 だからこそ、世界は改変されることなく存続し続けていると言えます。つまり、あなたはあなたが望む歴史を自ら切り拓くことが出来る存在なんです」 俺はそんな大それた存在のつもりは全くないんですが。俺が何を望むかといえば、今までと変わりない無難な生活くらいです。 もっとも、多少の刺激は欲しいとは思っていたし、実際にそういうスパイスは高校生活中に無闇やたらに散りばめられていたんだが。 「最後に、預言者からあなたに対する伝言です。私たち未来人は今まであなたに様々なヒントを与えました。そのことをよく思い出して。これから涼宮さんを復活させるまでの過程において、キョン君は長らく私たちの援助を受けられない状態が続くことになります。なぜそうなのかは、私には詳しくは解りません。預言者が教えてくれなかったから」 つくづく、その預言者とやらはもったいぶった奴なんだな。おそらくはそれを教えないこと も含めて既定事項なんだろうが。 「だからキョン君、あなたはあなたが思うとおりに、あなたが信じる行動をとってください。 その結果、最終的には私たち未来人が知る歴史に至ると私は信じています。でももしかしたら、そうならないかもしれません。これは私たち未来人にはどうすることも出来ません。あなたが望む未来を、あなた自身がこれから決めなければなりません」 ひと通り話し終えた朝比奈さんが、身につけていた腕時計を取り外した。以前朝比奈さん(小)が使っていたのを見たことがある、あの電波時計だった。 「これは私からのプレゼント。これからのあなたにはきっと役に立つと思うから」 朝比奈さんは笑顔を取り戻し、それを俺に手渡した。 「それでは私は戻ります。全てが終わったら、是非私のいる未来に遊びに来てください」 それは俺にとっても興味のある提案です。楽しみにしてますよ朝比奈さん。それに全ての黒幕である預言者とやらに、俺も少なからず言ってやりたいことがありますし。 ああ、待てよ。 「朝比奈さん、最後に教えてください。俺は時間移動を一ヶ月間しか出来ないんですが、これはなぜですか?」 「ごめんなさい。禁則事項です」 朝比奈さんは以前と変わらない、イタズラっぽい笑顔を俺に見せた。 「でも答えはすぐに見つかると思います。それがあなたにとっての既定事項だから」 ううむ、そういうものなのか。 「がんばってねキョン君。あなたが私たち人類初のタイムトラベラーなんだから!」 ありがとうございます。がんばるしかないですからね俺は。人類初とかはさて置いておいても。 そして朝比奈さんは俺の目の前から姿を消した。 昔だったら俺は意識を失わされているところだろうな。 第二章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/542.html
「ねぇ、キョン!アレ買ってよ!」 俺の隣に歩いてるハルヒは何かを見つけ、俺に見せた。 「はいはい…って、金、高っ!?」 ハルヒが見つけた物は、俺の金が無くなるぐらい高額であった。 「別に、値段はいいじゃないの…」 「そんな金はありません!返して来なさい!」 「ケチ!」 さて、皆さん、突然、唐突過ぎて分からない人いるだろうか。 今、俺はハルヒとデートしてるのである。不思議探しでもない、SOS団活動でもない… 正直証明のデートである。 「やれやれ…」 どうしてこうなったかと言うと、今から2日前に遡る。 某月某日の夏の放課後。 「キョン!話あるから残ってて!」 俺は帰ろうと思ってた時に、ハルヒから止められた。 何で俺が残るのだ、俺はお前に何をしたんだ。 「別に、あんたは何もやってないわ」 ハルヒは、椅子座りながら言った。 まだハルヒは何かを企んでるな。どうぜ、俺にコスプレを着させて宣伝するつもりだろう。 いやいや、それは無いな…コスプレするなら朝比奈さんしかいない。 だとすれば、俺に危険な事をやらかすんじゃないのかね? 「用が無ければ、帰るぞ?」 「待って、今から言うわ」 やはり、ロクな事言うに違いない…。 帰りたい、早く帰りたい。だけど、このまま帰るとハルヒに死刑されるわ、 ハルヒがまだ「メランコリー」になったら、古泉に叱られるに決まってる。 逃げる道は無いのか…と俺は、少し溜息した。 「どしたの、キョン?まぁ、いいわ…明後日、暇?」 明後日?明後日だと…うん、休日だな。別に予定が無い訳で、暇になるな。 しかし、何故…明後日なのだ?不思議探検をするのだろうか。 取りあえず、聞いてみた。 「あぁ、暇だが…明後日は、何があるんだ?」 と問うと、ハルヒは何やら、そわそわしてる様子だった。 何だ、ハルヒの様子がおかしいぞ…。 「あ、あのさ…えーと、その…デ、デ…」 …デ? やっぱり、おかしいぞ…今のハルヒは、いつものハルヒではなく…。 顔を真っ赤にして俯いてるハルヒである。 「デがどうした?ハッキリ言わないと分からんぞ」 「そ、そんなの分かってるわよ!だから…デ、デートよ!」 はい?今、何で言いましたか?ハルヒさん。 「だーかーらー、デートしよ!と言ってるんだってば!」 デ、デートだって!? デートとは、 1 日付。 2 男女が日時を定めて会うこと。「恋人と―する」 なるほど、これがデートって訳か…って、何で辞書を出すんだよ。 落ち着け、俺!これは、ハルヒの罠だ!そうさ、ハルヒの罠に決まってる。 「冗談だろ?」 と俺が言うと、ハルヒはこう言った。 「ホントよ!冗談だったら、そこまでは言わないわ!」 マジですか…。嘘だと言ってよ、ハルヒ! 「…と言う事で、明後日9時に公園で集合ね!遅れたら、奢りよ!いいわね!」 …と言う訳で、今に至る訳だ。 勿論、遅刻してしまい。奢る破目になった…。 「仕方ないでしょ!遅刻したあんたが悪い!」 おぃおぃ、「9時に集合」って言ったのは、どこのどいつだ。 頼むから、集合時間を正午してくれよ…。 今、ハルヒと一緒に色々と歩き回り楽しんでる所である。 ―ぐうぅ~… いかん、腹減った。 時計を見ると、もう正午に回っていた。 「キョン、腹空いたの?」 「あぁ、腹減った」 実は、朝食抜きで出かけたからだ。このままだとぶっ倒れそうだな。 「仕方ないわね、あ、あそこ食べようよ」 と、ハルヒは指差した。 俺はハルヒが指差した方へ見ると、シンプルな風景であるカフェだった。 「あ、ここ知ってる」 「ん?何か知ってるって?」 「今、女性の間で凄く人気あるカフェなの!」 「ほぅ…」 男としての俺は、そんなに人気なのか全く分からなかった。 取りあえず、食べ物とコーヒー頼んだ。 「そういえば、有希はどうしてるのかな?」 長門の事か…あいつなら、無感情で本を読んで過ごしてると思うぞ。 「そうなの?だったらいいけどさー」 そんな会話してる内に、頼まれた物がやって来た。 朝食食ってない俺にとっては、助かる。 「う~ん、うまいね!ここ」 「あぁ、ホントに上手いな」 なるほど、ベジタブル料理だから女性には人気なんだな。 ハルヒもそうだろうか。 ハルヒと楽しく食事を取ってた時に、誰かがやって来た。 「あれ?ハルにゃんとキョン君じゃないかぁ!」 「つ、鶴屋さん!」 おや、鶴屋さんじゃないですか、どうしたんです。 「いやぁ、今、友達と遊んでるにょろ!」 よく見ると、奥のテーブルに鶴屋さんの友達がいた。 「所で、ハルにゃんとキョン君はどうしてここにいるのかな!」 「そ、それは…その…そぅ!不思議探しよ!不思議探し!ね、キョン」 ん、何で俺に言うんだよ。 「そうなのかぃ?」 「えぇ、そうですよ」 「そうそう、あは、あははははは…」 と、笑い誤魔化すハルヒ。 そんな事したら、疑われてしまうだろうか、ハルヒよ。 「ふーん、そうしとくよっ!さ、デート頑張れよっ!」 鶴屋さんは元気良く、その場から去った。 「…あ、あれ?な、何で、デートって分かったのかな?」 …ハルヒ、自分で言った事をもう一度思い出してやろうか。 この後、俺の奢りで支払いをしたのである。 「そういや、この後、どこへ行くんだ?」 「ん、デパートへ行こ!あたし、ちょっと欲しい物あるから」 と言って、店から出て、デパートへ向かったのである。 デパートか…俺の金、まだあるんだろうな。 俺の愛しいサイフを覗いて見たか、あるか無いか微妙だった。 そんな事をしてる内に、目的のデパートに到着した。 ハルヒは欲しい物ってあったのだろうか。 まさか、UFOを呼び出す道具とかそんなんじゃないだろうな。 だが、俺の予想は外れた。 「キョン、見て!見て!」 ハルヒが俺に見せたのは…。 「服?」 よく見れば、ピンク色のワンピースである。 「これ、欲しかったんだよね!似合う?」 ハルヒよ、それ反則…マジ似合うよ。 「あぁ、物凄く似合うぜ」 「ありがと!値段は…」 俺も値段を見た。 うむ、安いな。 「じゃ、あたし買って来るね」 「待て、ハルヒ」 俺はハルヒを呼び止めた。 「え、何?」 ハルヒは驚いてた。 何故なら、ハルヒが持ってる服を奪って、レジの所へ行ったからである。 「ちょっと、キョン!あたしが買うからいいよ!」 「いいじゃないか、たまには俺からのプレゼントだと思ってくれよ」 俺は買った服を受け取り、ハルヒに渡した。 「え…でも、あんたの金は…」 そこまで心配するなよ、俺の奢りなんだからな。 「気にするな、さっき言ったとおりだが…俺からのプレゼントだと思って受け取ればいい」 「…うん」 うむ、照れてるハルヒは可愛いな。 それにしても、ハルヒが欲しかったのは、服だったのか…。 …早くワンピース姿見たいね。 そして、色々、楽しい事をした。 俺は、ハルヒと一緒に居るとなかなかいいかもなと思った。 いよいよ、デートの時間が終わりに近づいた。 「あー、楽しかったね!」 「そうだな」 俺達は、今、公園で休憩してる。 夕日が暮れ、公園の電灯が点いた。 俺はふと、ハルヒの横顔を見た。とても可愛くて美しい女に見えた。 「ん、何?」 ハルヒは、俺がハルヒを見てる事に気付いてた。 「あ、いや…」 ハルヒが可愛すぎて、こっちが恥ずかしくなった。 ヤベェ…理性が爆発しそうだ。 「怪しいわね、下心あるんじゃないの?」 ハルヒは、笑ってた。 俺は、必死に笑い誤魔化そうとした。 「ねぇ、キョン」 「何だ?」 「そろそろ、素直になったら?」 「え?」 一瞬、時が止まったように感じた。 「あたしも素直になるから…本当の事を言ってくれる?…あたしの事好き?」 「ハルヒ…」 よく見れば、ハルヒの肩が少し震えてる。 俺は、ハルヒを優しく抱き締めた。 今、思った。素直になろうとな。 「ハルヒ、俺は初めてお前にあった時は、綺麗だったし、軽く惚れたよ… SOS団、設立して本当に良かったと思ってる。お前がいると、俺は幸せなんだよ。 幸せだからこそ、俺は今ここにいるじゃないか!ハルヒ、お前の事が好きだよ。 例え、どんな事あろうと守るよ。」 言えた。俺の告白…ちゃんと言えた…。 俺は、ハルヒを見ると驚いた。 ハルヒは、 泣いてた。 「ハ、ハルヒ!」 「ゴメン、違うの!あたし、嬉しいよ…こんな事思ってるなんで、あたしも幸せだよ!」 ハルヒは、俺を強く抱き締めた。 「あたしも、あんたの事が好きよ!」 俺は、感動してしまい、少し泣いた。 ハルヒも物凄く泣いた。 俺は、このままでいい…このまましばらく抱き締めたいと思った。 「ねぇ、キョン…キスしてくれる?」 「あぁ…するよ」 俺の唇とハルヒの唇を重なり、キスした。 長いキスだった。 「お疲れ様、キョン!そして、これからも一緒に行こうね」 「あぁ、そうだな」 帰りは、手を繋いで歩いた。 ハルヒとしゃべりながら帰ると楽しいものだな。 完 おまけ 「ねぇねぇ、キョン!これ、どう?」 ハルヒは、ポニーテルにワンピース服の姿で現れた。 「似合うじゃないか、ちょっとカメラ撮っていいかな?」 と、言うと 「ダメv」 ハルヒは、朝比奈さんのお得意技でもある、一本の指を唇に当てて、ウィングした。 グラッと来たね。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2766.html
ハルヒの料理が一級品なのはハルヒを知るものなら誰もが知っていると思う。 こうして俺と生活しているときも、俺に美味しく且つ飽きない味を提供してくれる。 では俺自身はというと、単純に凡人レベルである。 だから俺の料理をハルヒに食べさせるのはプレッシャーが無いといったら嘘になる。 なので家事はともかく、料理はハルヒ任せにしていたある日のことだった。 「あんた、たまには3食作ってみなさいよ」 いつかは言うんじゃないかとは思っていたが、いきなりそんな無茶な。 卵焼きはともかく、料理はおまえの前だと自信が無い。 でも俺は案外乗り気だった。もしハルヒが俺の料理をおいしいと言ってくれたら結構気分がいい。 マズイと文句を言われながらご馳走様を言われるのもそれはそれで良いかもしれない。 俺は「ああわかったよ」と言って、早速冷蔵庫の中をチェックすることにした。 次の日、日曜日。 俺の作った朝食を食べ終えたハルヒは予想通り不満をぶちまけた。 焼いてる卵に胡椒をかけるなとかご飯が硬いとかそんなのをたらたら言っていた。 申し訳ない・・のだが結構きついものがある。俺は失敗したとは思ってなかったからな・・・。 それに卵にかけるものは好みが激しく分かれるものなんだよ。 でも料理はともかく俺自身にまで文句言うなよな。 さて、昼になった。 ハルヒは今度は昼食を食べ終える前に不満をぶちまけた。 俺ってそんなに料理下手か?って思ってたら本当にあまり上手にできていなかった。なんてこった。 味が薄いとか、ニンジンが生だとか、水分が多すぎだとか、卵が完熟になってるとか・・・ 確かにそうなんだが食べれないものではないような・・。 しかしこうもたらたらと言われると流石にくるものがある。 親子丼なぞ初めてだったんだから大目に見てくれよな。と言う余裕も無かった。 流石に反発したくなった。俺がそういう顔つきになったのを察してか、ハルヒは「何よ!」と言いたげに顔を歪めた。 「最初からそんな完璧にできるわけないだろが!」 「それでもこれはあんまりだわ!うろ覚えで作ってんじゃないわよ!」 「お前みたいな天才と違うんだよ俺は!」 「そうやって言い訳ばっかするからあんたはいつまでたっても」 「だったら今からお前が作って一人で食ってろ!」 「・・・っ!!!」 ああ、何でまたこうなっちまうんだろうな。 ハルヒはもしかしたら俺の作ったものが食べたかったのかもしれない。 文句を言いながらも、自分の為に料理を作ってもらう俺の幸せを分かち合いたかったのかもしれない。 だから、マズイならお前が作れ・・というのは禁句だったのかもな。 気づいたらハルヒが「あんたなんかずっと雑草食べて生きてりゃいいのよ」とかわけのわからないことを叫びながら家を出てって3時間が経過していた。 ハルヒの携帯の電源は切られてるし、実家に電話してもいないときた。 古泉に連絡したら「バイトが入りましたので。」とちょっと怖い声色で言われた。すまん。 ついでに長門も朝比奈さんも音信不通ときたもんだ。 俺はどうすればいいんだろうね。 食べかけの冷めた料理をつまんでみる。うむ、味が薄い。 今俺ができることは・・・そうだな。それしかないな。 俺はパソコンの電源を入れた。 ♪~♪♪~~♪~♪~ ・・・この音楽は・・・ ああ、俺のケータイか。でもこの着信はハルヒからのものではない。 俺は無意識に手を伸ばした。もひもひ。 「あの・・キョン君?」 「朝比奈さん!?」 俺は飛び起きた。ってか俺寝てたのか。 窓を見たらもう真っ暗だった。夜の8時を過ぎている。 「ちょっとお願いがあるんですけど・・。」 「朝比奈さんの頼みとあらばなんでもお聞きしますよ。」 「じゃあ、ちょっと来て欲しいところが・・」 わりと近くの居酒屋だった。嫌な予感がする。 「涼宮さん、14杯も飲んで酔いつぶれちゃって・・・」 「・・・・・わかりました。」 ああもう畜生が。酒に弱いくせに泥酔するほど飲んでんじゃねぇよ。 居酒屋でハルヒは予想と何一つ違わぬ姿で机に寝っころんでいた。 机に濡れたハンカチが置いてあった。真っ赤な顔に残る涙の跡。 こいつは俺の前でこんなになるまで泣いたことが無い。絶対に俺の前で泣きじゃくったりしない。 俺の胸がグッと締め付けられる感触がした。 朝比奈さんの説明によるといきなりハルヒに呼び出され昼間からすごい勢いで酒を飲みまくったそうで・・。 ハルヒはひたすらしゃべり続けた上、内容が全部俺の事だったらしい。そうだろうな。 そしてだんだん自己嫌悪な話になって、更に酒を飲んだ結果こうなってしまったと。わかりやすいな。 朝比奈さんは何も言わずにがんばってと俺にエールを送ってくれた。本当にありがたい。そして本当に申し訳ない。 俺は会計を払うために伝票を見てびっくりした。値段の割りに酒が多すぎるぞこれ。 「涼宮さん、何故か酒以外のものは一切注文しなかったんです。」 なんとまぁ・・・。朝比奈さんが食べるおつまみさえハルヒは拒否したらしい。 つまりこいつは本当に今日1日俺の作ったもん以外口に入れたくなかったと解釈していいのか。 ほんとにバカだな。ハルヒも、俺も。 起きた時そばにいると安心するかなと思い、ハルヒをソファーに寝かしつけた。俺の膝枕でな。 いつだったかのお返しだ。つついても起きないのが悪いのさ。うん。 それに寝ているハルヒを弄るのは結構楽しい。 TVを見ながらハルヒの手をいじっている時に、ハルヒは目を覚ました。 「んー・・よん・・? キョンらの?・・・ほんろに・・ョんなの?」 まだ舌が回らんのか。それと俺の髪をひっぱるな、頬をつかむな、そんな顔するな・・・。 ハルヒがなにか言い出す前に俺は立ち上がり、 「時間かかるがそこで待ってろ。」 と言って台所に逃げる。そりゃそうだろ。 俺もハルヒも腹が減って死にそうなはずなんだからな。 昼と同じもんを作ると、味の違いがわかりやすい。 そんなわけで俺は再び親子丼を作ることにした。あんまり重いものを食わすわけにはいかないしな。 野菜を切ってナベに火をかけた時にふと後ろを向いて驚いた。 「ハルヒ!?」 目が半分しか開いてない上顔も赤いのにエプロンつけて、髪を俺好みに括っていた。 「あたしも手伝うから。」 「おいおい、酔ってるだろ。いいから座っとけ」 「大丈夫だから・・・」 「こういう時に大丈夫な奴はそんな事言わないだろ。」 「うるさい」 そう言ってハルヒは鍋をいじり始めた。やれやれ。 ハルヒは酔っているというのに相変わらず手馴れたものだった。 それでも俺は何故か楽しかった。ハルヒと一緒だったからな。 「味はなるべく醤油よりダシを優先するの。もっと入れちゃっていいわよ。」 「でもこれ結構な量になるぞ。」 「卵とご飯で結局味が薄くなるんだから丁度いいの。」 「それに思ったより煮込んでないか」 「まだ大丈夫なはずよ」 「みりんはこんぐらいでいいのか」 「もうちょっと入れて。そのほうがあたし好みなの。」 「ハルヒ、砂糖は入れなくていいぞ」 「何で?」 「玉ねぎの甘みで十分だからな、俺は。」 「そう。あんたの好きにしなさい。」 「・・卵とじはこんな感じでいいのか」 「火はもう消していいわよ。余熱を利用して上手く半熟にするの」 「そういやそうだったな」 そこにカメラでもあったら料理番組ができるんじゃないかと思ったね。 それはともかく、俺はパソコンで調べまくって掴んだコツを利用しつつ、そこにハルヒのアレンジが加わることに充実感を覚えていた。わかるだろ? もう深夜に値する時間だが、俺たちは晩飯を食べた。 ・・・なんて美味さだ。ポンポンと出てくる感想を俺は押し殺してハルヒを見た。 ハルヒも俺を見ていた、のだが俺と視線が合ったとたんに箸を進めた。 「どうだ、文句あるか」 言ってやった。作ったのは俺だけじゃないんだけどな。 「そうね・・・んー・・んー・・・」 ハルヒは文句をつけようとして思いつかずだんだん悔しさが顔に出てくる表情になった。可愛い奴め。 「・・あるわけないでしょ!あたしが手伝ったんだから!」 「そうだな。俺も同じことを思ってた。」 「・・・キョン!」 「どうした」 「あたし酔ってるの。酔っててちょっと味覚が鈍いのよ。」 何が言いたい、とは言わなかった。何が言いたいか感付いてしまったからな。 「だから明日も作りなさい!2日酔いに食べたくなるようなものもね!!」 それから俺がハルヒと共に料理をする回数が増えていったのは言うまでもない。 それでもやっぱり俺がハルヒより上手に作ったことは一度も無い。 やっぱり腕の良さが違うのかね。 もしかしたら愛情がうまみとして料理に反映されてるとか・・・ いやそれだったら俺のほうが美味いはずだな。うむ。 7日目。ついに一週間続いてしまった。 むくりと布団から起き上がった俺はお腹がグゥと鳴いているのに気が付いた。 あんな夢見りゃお腹も空くわな・・・。 今度は多分2年ぐらいは飛んだぞ。ランダムなのかね、内容は。 それにしては喧嘩ものが多いのは気のせいか。たまには甘~い・・・のはいいか。 耳を澄ますとハルヒが朝食を作っている音がした。 おいしい食事を作ってもらえるありがたさが再確認できたぜ。ハルヒ。 いつもありがとな。大好きだ。 さて、相変わらず夢の内容に共通点がつかめない。そもそも共通点なんか無いのだろう。 でもわりと思い出せる内容だということはそれなりに濃い日を選択していると考えていいのだろうか。 そんなことをいろいろ考えるよりハルヒに直接聞いたほうがいいだろう。 俺の分だけ綺麗に胡椒がかかっている卵焼きを見て決心した。 でもなんて言えばいい?本当のことだけは言えないからな。 俺が考え込んでいると一緒に朝食を食べていたハルヒが声をかけてくれた 「箸が止まってるわよ。何考えてるのよ。」 「ん?あぁ今日はちょっといい夢をみてだな・・」 思わず本当の事を言ってしまったが弁解の余地は十分にある。 「キョンが見るいい夢って、どんな夢?」 「内容は覚えてない。ほら、夢はすぐ忘れるって言うだろう。」 ごまかしてみた。ハルヒは少し怪しげな目でじとっと見てくる。 「ハルヒはどうだ?最近何か良い夢でも見たか。」 これは話を逸らすという意味と、ハルヒに同じ現象が起きてないかの確認する意味もある。 「いいえ、そんなの覚えてないわよ。あ、そういえば昨日見たわよ。 あたしがアイドルになって、4人でユニットを組んで作った曲が大ヒットする夢。ダンスが大うけしてね・・」 ありそうだな。それは置いといてやっぱりハルヒは俺と同じ夢を見ていないようだ。 もっといろいろ聞きたかったが、もう家を出る時間だった。 家に帰ってから聞くのも野暮なので明日にしておくか。 俺は着替えに向かうことにする。 もう笑顔で俺を送り出してくれるハルヒにすら微かに不安を感じる。 本当は俺に何か言いたいんじゃないかってね。 何か言いたいなら直接言うのがハルヒだからそれはないか。 その夜 今日の夢にちょっとしたヒントが隠されていたのも知らず、俺は普通に眠りに入った。 良い景色を味わえる展望レストランに俺たちは向かっている。 前にハルヒの誕生日の時に一度行ったことがある高級レストランだ。 その時は「どこかいいとこ連れて行きなさい!」と喚くハルヒに焦らされ、ネットで急遽調べて適当に良いところを見つけて行ったわけだが、ハルヒはこんなベタな場所でも結構気に入ったようで、また来たいと言ったのを思い出したのでまた来ている。 財布が喚いているが今日ばかりはなんとも思わなかった。食事代なぞ俺の鞄に入っている『世間的に見て給料3ヶ月分』よりは遥かにマシだろう。 社会人として仕事に出るサラリーマンになって間もないのに、俺は焦りすぎじゃないだろうかと思ってももう遅い。 どうだ久しぶりにまた高級レストランに行かないか、とさりげない振りして誘ってみたのだが・・・もしかしたらばれてるのかもしれない。いやいやもうどうでもいい。どうせばれるんだからな。注意すべきは俺からかっこよく言えるかどうかなんだよな。 料理は最高に美味しかったがそのうまさは舌を素通りして耳あたりから流れ出ている気がした。 高いんだからしっかり味わえよ俺。告白した時や同棲しようと言った時も同じような試練を乗り越えただろう。 しかもこういう時に限って食事というものはさっさと終わってしまい、適当に野暮話をしている間に空気を察知した店員がお皿を片付けたりしてくれた。 空気読まないでくれと言いたいがそれじゃ先に進まんしな。 「キョーン。」 「ん?」 「何ボーっとしてんのよ。」 「ああ、あの、景色がきれいでな。つい見とれてた。」 何だこのテンプレ以下の陳腐な言い訳は。本当に落ち着け俺。 「景色?」 「そう。」 「へぇ、キョンが景色に見とれるとはね。」 空気圧が高まっていくのを感じた。今なら台風も一発ではじけるんじゃないか。 「あたしもこの景色が好き。」 「意外だな。」 「そう?だってこうして何も起こらずに佇んでいる街を見てると、この平和を守ってるのはあたし達SOS団なんだなぁって思うのよ。ちゃんと探索してるおかげよね。」 「お前なぁ・・・そういう妄想は俺の前だけにしておけよ。」 「そう思い込んでみるだけよ。ちょっと楽しくならない?」 「・・・そうだな。そう言われてみればな。」 「あんたが居づらそうにしてるから」 「へっ・・」 「あんたが居心地悪そうにしてるからあたしの考えてることの一部を提供したまでよ。」 「いや俺はそんな・・」 「身の丈に合わないレストランなんか予約しちゃって。店員が来るたび内心オロオロしてるのあんたが可哀想でね。」 「悪かったな。庶民で。」 「あたしはいいわよ。庶民じゃないし、あんたのいろんなマヌケ面が見れて面白いからねっ」 ここでハルヒはクスクスと笑った。それを見て俺は体中で詰まっていた空気が抜けた感覚がした。 「それにここに来たのはおまえがここを気に入ってるってのもあるんだぞ。」 「ふふっ・・それはわざわざどうも。あたしはもう十分楽しめたし、満足だから。」 そう言ってハルヒは荷物に手を掛けようとした。いくらなんでもここで帰しちゃならん。 「待ってくれ。せっかく来たんだからもう少しゆっくりしていこうぜ。なぁ?」 「・・それもそうね。」 横目で笑うこの笑い方は・・・こいつもうわかっていやがる。確信犯だ・・・。 くそ。ハルヒを驚かす計画が成功することは無いのかね・・この先も。 「まぁあんたがここでのんびりしたいっていうなら付き合うわよ」 「のんびりというかだな・・お前と話したいことがいくつかあるだけだ。」 「へぇえ、あんたも場所のセッティングまで考えるようになったのね。」 「ったく・・・お前のために俺は結構苦労してるんだぞ。ねぎらいの言葉の一つぐらいは欲しいな。」 「そりゃあたしだって同じよ。高校の時からあんたの鈍さには奔走しっぱなしよ。身体面でも精神面でもね」 「いーやそりゃ自信を持って俺のほうが振り回されてるな。先に惚れたほうが負けだしな。」 「何よそれ。あんたあたしより先にあたしに惚れてる自覚あったわけ。」 「・・・やれやれほんとにお前が結婚するとしたら相手は大変だな。苦労が目に見えるようだ。」 「おあいにく様!あんたのお相手の方がよっぽど苦労するわよ。ほんとに鈍いってのは罪よ。」 「鈍い鈍いって言うけどな、そう見えるだけだ。暇さえあればお前のことについて考えてしまうぞ俺は。」 「そのわりには貢献度が低いわね。キョンったらムッツリだからどうせスケベなことばっかり考えてるんじゃなくて?」 「んん・・・いや違うぞ!だから俺はお前が思ってるよりお前のことを想っているんだよ。」 「そりゃ雑用係は団長のことを敬わないといけないものね。」 「今のおまえは団長じゃない。俺の彼女だ。そして・・いや・・・うむ・・・。」 「そして・・・、何よ。」 やばい。言わなければ。なにかかっこいいセリフを用意したはずなんだが忘れてしまった。 というか何でまた言い合いになっているんだ。 「団長でも彼女でもなかったら何なのよ。こら、こっち向きなさいキョン!」 ネクタイ掴むなそんな目で睨むなおまけに息苦しくて恥ずかしい。 「だから!ハルヒ・・俺・・・と・・・」 「だああああーーーもうじれったいわねさっさとプロポーズしなさいよ!!」 「けっ・・・ええ!?」 完全に空気が止まった。 顔から湯気が出てるのが自覚できそうだ。周りの客がどうとか考える余地はない。 泣きたくなる位の空気なのに俺の口調は冷静になった。 「・・・結婚しようか。」 「・・・」 「いや、結婚してくれ。ハルヒ。」 「・・・」 「・・・ハルヒ?」 「・・・」 「・・・」 「・・ああ、もう・・・。」 「?」 「・・鈍いのよ。遅いのよ。」 「・・あっ・・いや俺は・・実はこれでもまだはy」 「うるさい!ほんとにどれだけ待ったと思ってるのよ!あたしがどんだけ不安に・・!」 「すまん・・こっちにも準備がだな・・・」 「あーもうグチグチ言わない!あんたみたいな人はあたしがいないとダメなのよ。一生かけて世話してやるわよ!!」 「そりゃこっちも同じだ。お前は俺がいないとダメだ。ついでに俺もお前がいないとダメだ。そういうことだ」 「もう・・・キョンのバカ。大好きよ。」 「俺もハルヒが好きだ。」 「・・・もう一回言って」 「え・・俺はハルヒが好きだ・・?」 「もう一回。」 「ハルヒが好きだ。」 「もう一回!」 「好きだ!」 「もっかい!!!」 「好きだ!!!」 「・・・ふふっ・・真顔で言うなんてあんた恥ずかしくないの。」 「本音だから仕方ない。」 「ほんとにバカ。嬉しくってどうにかなりそう。」 「そりゃどうも。そうそうハルヒ、これ。」 俺は周りの変な視線をなるべく気にしないように鞄から給料3ヶ月分、要は指輪の入った小箱を差し出した。 ハルヒにしては丁寧な手つきで蓋を開けた。しばし見とれている。照れくさいな。 「・・・これあんたが選んだの?」 「まぁ・・一応。」 「へへっ・・キョンがねぇ。」 「つけてやるよハルヒ。手出してくれ。」 ここら辺は脳内シュミレーションを何度もやったので大丈夫・・・なはずなんだが。 お互いに聊か手が震えている。俺たちが一丁前にこんなことをしているのが不思議な気分なのかもな。 素直に照れくさそうに笑うハルヒに対して、俺は感情をそのままに笑い返すしかなかった。 「幸せになろうな。」 「当然よ。というよりあんた今も幸せじゃないの?」 「今以上に、だな。」 「それはあんたの努力次第かもね。」 「へいへい、わかってますよ。団・・・奥様」 「・・・わかればよろしい。 雑・・・旦那様。」 ・・・もう8日目か。いつまで続くんだろうな、これ。 寝起きだというのに心臓がバクバク言ってやがる。 まさか2年ほど飛んでプロポーズの話が来るとは思わなかった。今考えるとなんと恥ずかしい。 でも俺が恥ずかしい思いをするときは大抵ハルヒは素直な反応をいくつかしてくれるからそういう意味では見ごたえのある夢だったな。 明日は結婚式でも来るのだろうか。結婚初夜はアツアツだったからな・・・ってそれはどうでもいいな。 でも結構最近の出来事になってきたってことは近いうち、このペースだと1週間以内には終わる気がする。 終わったらもう夢に出なくなるのか最初に戻るのかそれとも予想外な展開になるのかはわからない。 ハルヒを一番理解しているはずの俺でもやっぱり全部はわからないのがちょっと悔しい。 わかるはずがないと知りながらもね。 やっぱり考えてもわからないものはわからないのだ。 欠伸をしながら今日も朝飯の席に付くことにする。ハルヒはやはり朝食を作っていた。 「キョンおはよう。丁度いいところね、すぐできるからちょっと待ってなさい。」 「ああ、いつもすまんな。」 思わずハルヒの左手に目がいってしまう。あのときに俺が贈った指輪がはめられている。 急に愛しさの衝動がこみ上げてきた。何考えてるんだ俺。 くそっあんな夢なんか見るからなんだかハルヒが妙に可愛く・・・むしろ綺麗に見えてしまうじゃないか。 「キョン?どこ見てんのよ。食べるわよ」 「ん?ああ、サンキュ」 こんな調子で大丈夫なのかね。自分に対してやれやれだ。 「なぁハルヒ。」 「どうしたの?」 「お前さ、俺に言いたくても言えないこととか無いよな。」 直接過ぎたかな。この際もういいか。 「はぁ?あたしがそんなのを溜め込むような人だと思う?」 「そうだよな。なんとなく聞いてみただけだ。」 「何?キョンはあたしに言いたいことがあるの?」 「違う。ほら、前に気分が悪い時があったって言ってたからな。」 「何よもう。それなら大丈夫よ・・。」 「ハルヒ?眠いのか。」 「うーん・・ちょっとね。」 「お前、俺のために無理して毎朝起きなくてもいいんだぞ。」 「嫌よ。あんたいつも夜帰ってきて速攻ご飯食べて風呂入って適当にTV見て寝るだけじゃない。朝ぐらいあんたのくだらない話を聞いてあげなきゃ。」 「いや・・・夜でも聞いてくれよ。」 「とにかく!今更生活習慣変えるようなこと言わないで。」 「そうか・・・すまん。」 またまた素っ気無い態度だなあ。 これが普通なんだろうが毎晩あんな夢見ているせいでどこか居心地悪く感じるような・・。 情緒不安定はハルヒの自己紹介に欠かせないから仕方ないか。 家を出る時にハルヒはまたいつものように笑顔で送ってくれた。 「いってらっしゃい!」 その笑顔は今の俺にとっては結構な救いだった。 俺はどうすればいいんだろう。 結局今日も何もわからないまま再び夜を迎えた。 くそっ・・・なんてこった。 夕方には帰れるはずだったのにもう11時じゃないか。 せっかく数日に渡る出張が終わって久しぶりに家に帰れると思ったのにハルヒの奴怒ってるんだろうなぁ。 しかもこういう日に限ってケータイは電池切れなんだよな。 恐る恐るドアの鍵を開けて家に入る。 TVがついている。そして何も音沙汰無し・・・ということはハルヒは居間で寝てるのか。 そっと覗いてみると、やっぱり居間で寝ていた。 「ハルヒ~・・・ 帰ったぞ~・・・」 囁いてみた。うーむやっぱり起きない。 「ハルヒ。おみやげにプリン買ってきたぞ。ポステルのプリンだぞ。」 「・・・?キョン・・ちょっとキョン・・あたしの・・プリン・・」 「まだ手つけてないぞ」 「んーキョン? キョン!?」 ここでハルヒは目を開けた。この寝起きの一瞬は見逃してはいけない。 「すまない。ちょっと遅れたが、ただいま。」 「いえ・・・ん? ああ!?もう11時じゃない!?遅すぎるのよバカキョン!」 「すまん。寂しかったか?」 「はぁ?そんなわけないじゃないあたしを誰だと思ってるのよ。」 「はいはい・・・」 「キョン・・あんた疲れてるの?」 「ちょっと昨日は寝る時間が無くて・・明日は休みだから寝れるけど・・」 「だったらさっさと風呂入って寝なさい!」 「なんだ?だってお前俺が帰ってきたら夜通しで・・」 「うるさいわね。このあたしが心配してあげてるんだから言うとおりにしないと体のどっかから悲鳴が上がるわよ。」 「久しぶりに会えたのにそれは・・」 「ごちゃごちゃ言わない!」 「はぁ、プリンは冷蔵庫に入れとくからな。」 そうしてハルヒに急かされ俺はさっさと汗を流し布団にもぐりこむ羽目になった。 同じ物言いだったら「さっさと寝なさい!」よりも「寂しかったわよ!」の方がよかったな。 なんて思ってみる。てっきり遠まわしに甘えてくるかとも計算していたので残念だ。 そしてお帰りなさいもお疲れさまも言われなかったのに気づいて更に気分が重くなる。 これじゃ逆に寝れないと思ったが、やっぱり昨日寝てないだけあって俺はすぐに深い眠りについた。 zzz 温かくて心地よい。最初に思ったのはそんな感覚だろうか。 目覚ましをOFFにする休日の朝は実に爽快だな・・・うむ・・・むにゅ・・・・ムニュ? 目をゆっくり開けてみると、もうお約束だろうか。俺の布団にハルヒが潜り込んでいた。 昨日の夜で少しイラッとしていた気分が俄かにスッと引いていく。ほんとに何考えてんだか。 ふん。夫の苦労のねぎらい一つ出来ない罰だ。このまま抱き枕にして二度寝してやる。 ハルヒをぐいっと抱き寄せたが思ったより力が入ってしまったらしい。 「・・んんー!?」 「げっ・・・」 ハルヒを起こしてしまった。もうこれもお約束か。 「キョン?何してんのよー・・・」 「やっぱり起きたか。小癪なお前なんか抱き枕にしてしまおうかと思ったところだ。」 「・・・やっぱり怒ってたのね。キョン」 「怒ってないぞ。」 「ほら、怒ってる。」 「お前こそ何を怒ってたんだよ。」 「怒ってないわよ。」 「昨日の話だ。」 「あれはだから・・違うのよ。」 「どう違うんだよ・・・。」 「う・・」 「無理して言い訳作らなくていいぞ。それよりもう少し寝かせてくれ」 「あんたの帰りが遅いから・・・」 「・・・あ。」 「あんたはいくら待っても帰ってこないし、ケータイは繋がらないし・・」 思わずドキっとしてしまう。そうだった。 「キョンを盛大に迎え入れてやろうと思ったのに待ちくたびれて寝ちゃってそこであんたに起こされて恥ずかしかったのよ!!悪かったわね!!」 そう言うとハルヒはプイと向こうに寝返ってしまった。 ああ、結局また俺は自分のことばっかり考えてたことになるわけか・・・。 「・・・ハルヒ?」 「もう少し寝たいんでしょ。」 「いやすまん・・・俺も疲れていて少し気が滅入ってただけなんだ。」 「・・・」 「本当にすまん。冷蔵庫にあるプリン・・俺の分も食べていいから、さ・・。」 「・・・嫌よ。」 「あー・・え?」 「違う味のプリンが4つ。あんたの好きな味が2つとあたしの好きな味が2つ。 あんたがわざわざ選んで買ってきたのにそれを食い意地で台無しにするようなマネできないわよ。」 「・・・ハルヒ・・・。」 「そういうところは抜け目無いのね。あんなに死にそうな顔して帰ってきたくせに。」 「・・・。」 ハルヒが向こうを向いていて良かった。 自分でもわからないが今の俺の顔はなんとなく見られたくない気がする。 とか思ってたらハルヒはこっちに寝返ってきた。思わずビクッとしてしまう。 口より先に顔から言葉が伝わってくるぞハルヒ。この表情はもしや言いづらかったことを言う表情か。 「キョン。・・・おかえりなさい。」 「・・・へっ」 「寂しかったわよ。あんたがいない間にゴキブリが出たから。」 「ゴキブリって・・・それは寂しいとは関係ないぞ。」 「うるさいわね。それにあんたの疲れが取れるようにこのあたしが添い寝してあげたのよ。」 「ああ。よく眠れたな。」 「どう?これで満足?」 「いいや」 「何よ。まだ何かあるの?」 「お前わかってるだろ。」 「鈍感のくせにそういうところは鋭いのね。」 「お前が可愛すぎるのが悪い。」 「それ聞き飽きた。」 「じゃあなんて言えばいいんだよ。」 「あたしが思わず黙っちゃうようなしびれるようなの。」 「お前を黙らすなんて簡単だろ。」 「はぁ?あんt・・んー!! ~・・・~~!!・・・」 結局俺が二度寝したのは1時間後だった。 ・・・今日は9日目か?9日目だよな。 思わずカレンダーを見る。今日の曜日は間違っていない。 驚いた。てっきり俺は結婚式関連がくると思い込んでいたからな。 まさか通り越して出張帰りのあの日まで飛ぶとは・・・。これでまた1年以上は飛んだわけだ。 なにか一つ解明されるとまた一つ謎が出てくるようじゃお手上げだぜ。 やっぱり考えてもどうしようもない。 そもそもハルヒが単に俺と思い出話をしたいだけとかそんなオチだったら俺は見事に踊らされているだけということになる。 今までがそうだったようにな。さっさと今日も勉強に仕事に励むとするか。 布団から出て時計を見る。いつもの時間だ。 何だ?この違和感は。何かが足りない気がする。何かが無い気がする。 いつものように朝食を食べようと台所に向かうところで俺は気づいた。 「ハルヒ。起きてないのか?」 フライパンの音と換気扇の音が聞こえない。 俺はハルヒの寝部屋をそっと覗いてみる。ハルヒがいつも使ってる目覚まし時計は破壊されていた。 これは鳴ったときにハルヒが破壊した、でいいのかな。 いくらなんでも破壊はないだろ・・・とか思ってる場合じゃない。あのハルヒが寝坊とは。 ハルヒはすぅすぅと寝ていた。なんとも気持ちよさそうに寝ていた。 起こすべきか迷ったけど結局起こさないことにした。たまには寝坊させてみよう。 これは遠まわしに遅刻したということにもなるしな。 俺は適当に朝飯を作って今日も仕事に出た。 飛んで夜帰ったときの話になる。 「ただいま」 「お帰りキョン!丁度いいところね。」 その通り良い香りがした。これで仕事の疲れも癒えるってもんだ。毎度だがな。 適当に支度を整え俺はハルヒと共に晩飯の席に着いた。 「ハルヒ、お前の分少なくないか?」 「へっへー、ダイエットよ。ダイエット!」 「それ以上細くなったら骨と皮になるぞ。抱き心地悪くなる。」 「あんたの都合なんか知らないわよ。」 適当に会話をする。ここで俺は一度言ってみたかったことを言ってみた。 「遅刻、罰金。」 「・・・はっ!?」 声色まで真似してみた。似てないけどな。 「なんてな。ハルヒお前今日寝坊しただろ。」 「なんでそれでそんなこと言われなきゃならないのよ。ばっかじゃないの。」 「いや、一度言ってみたかったんだよな。」 「ったくあたしがたまに一息つくとすぐこれなんだから」 そう呆れながらもハルヒは笑っていた。胃袋がやっと消化を始めた感じがする。 「だから言ったろ。無理すんなって。でも目覚まし時計壊すなよな」 「悪かったわよ。それにあんた先に起きたんならあたしの分のご飯作って起こしてよね。」 「ずっと前にそれやった時そのまま布団に引きずり込まれたんだが。」 「あれは寝ぼけてたって何度も言ったでしょ!!」 ああ、何も深く考えることは無い。 俺に出来ることは、こうやってハルヒと楽しく笑いあうことだけでいいんじゃないかってね。 なに、わからんものはわからんのだ。だったら考え付く限りの最善を尽くせばいい。 何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろうな。 寝る時にハルヒにおやすみのキスをしてみた。 「頭どうかしたの?」と言いながらも、ハルヒはやっぱり笑っていた。これでいいんだ。 俺は夢に想像を馳せながら、今日も深い眠りについた。 涼宮ハルヒの糖影 結へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3441.html
「で、最初は誰から接触すればいいわけ?」 ハルヒは机の上に座ったまま、俺に言う。 さて、誰からにしたものか。本来であれば、俺の世界と全く同じようにしたいところだが、このハルヒはそれを却下したし、 そもそもこいつが力を自覚している時点で、どうやってもおなじようにはならんおかげで、正直それで大丈夫なのかという 不安があるのも事実だ。 だが、ここでふと思いつく。 とにかく、3人に接触して平穏かつ良好な関係が築けると証明してやればいい。それだけなら、何も3人同時に 一緒である必要はないはずだ。その後、ハルヒに納得させた上でもう一度最初から――今度は3人同時に接触して、 SOS団を結成すればいい。 そう考えると、まず一番接触しやすい奴から選ぶべきだな。宇宙人は、あのハルヒの情報統合思念体に対する警戒心から考えて、 一番最後にすべきだろう。未来人ははっきり言って知らないことも多いことを考えると、予定外な事態に陥る恐れもある。 こうなると最初は超能力者――古泉か。機関はまだうさんくさいところも多いし、わからない点も多いが、 同じ時代の人間という点、さらに超能力はハルヒが作り出した閉鎖空間内だけという限定的なものだ。 普通に接触する限り大した弊害が発生するとも思えない。 ……1番手があのインチキスマイル野郎なのは少々引っかかるが。 「超能力者……ねえ」 ハルヒはジト目で俺を見ていた。とは言っても、何もやっていないわけではなく俺の指示通りに時間平面を構築中なんだそうだ。 全く長門並のことをやれるハルヒって言うのも妙な気分だぜ。 「で、具体的に必要なものはあるわけ?」 「閉鎖空間とその中で暴れる神人を倒せる力をそこらへんの人間にばらまけばいい」 「閉鎖空間と神人って?」 ハルヒはそう首をかしげた。そういや、ハルヒはそのことは知らないのか? 「お前さんがキレると、別の誰も入って来れない――今俺たちがいるところみたいな空間を作り出して、 そこの中ででっかい巨人を暴れさせている」 「あー、あれのこと」 思い当たる節があると、ポンと手を叩くハルヒ。 「なんだ知っているのか?」 「うん、たまに頭に血が上ったときとかストレス解消代わりに暴れさせているの。無人だから誰の気兼ねもなく暴れられるし、 結構スカッとするものよ」 「お前な……」 あっけらかんと言うハルヒに、俺はただただ呆れるばかりだ。 「俺の世界だと、お前は無自覚にそれを作っているから、誰かが止めてやらなきゃならん。そんなわけで、 その役割を与えられた超能力者がいるって訳だ」 「ふーん、あんまり関係のない人間を巻き込むのは気が進まないけど、まあ仕方ないか」 そう言ってハルヒは目を閉じて、何やらつぶやき始めた。恐らく情報操作って奴だろう。 こんな一美少女高校生にゲーム感覚に作り替えられる世界ってのもいろいろな意味で問題があると提言しておきたいね。 そんなわけでSOS団団長改め創造神ハルヒ様の作業完了後、俺たちもその時間平面――世界に入ることにする。 時間は俺とハルヒが北高に入学したときからだ。もちろん、二人とも北高に入学する設定にした上でだ。 ちなみに俺は全く別のボンクラ高校に入学する予定だったので、それをいろいろ改変して北高に入学させるのに苦労したと ハルヒに散々愚痴られたけどな。 ◇◇◇◇ 「東中出身、涼宮ハルヒ! この中に超能力者がいたら今すぐ来なさい! 以上!」 俺の背後で威勢のいい声が響く。もちろん入学式、最初の授業での自己紹介だ。 俺の自己紹介の後、ハルヒは事前の打ち合わせ通りの言葉で自らをアピールした。宇宙人と未来人は前に述べたとおり、 余り手を広げるのは得策ではないということで上げていない。ああ、ちなみに異世界人はもともと言う予定はないぞ。 なんせ、今の俺が異世界人だからな。もうここにいるってこった。 周りの人間は苦笑・あるいは戸惑いの視線を一斉にハルヒに向けるが、ほどなくして担任の岡部の空気の流れを断ち切る 咳き込みとともに、自己紹介は続行された。 俺はハルヒをちらりと見ると、厳しい視線のままじっと黒板の方を見つめていた。そういや、初めてあったときは ロングヘアーだったっけ。このハルヒは俺の世界のハルヒと違ってどんな理由でこの髪型にしたんだろうな。 しかし、俺はすぐに別の視線を感じてそちらへと振り返った。そこには―― 「……ちっ」 思わず舌打ちしたくなるような女が一人。朝倉涼子だ。二度も俺の殺害を試みた猟奇殺人鬼である。 柔らかで人当たりの良い笑みをこっちに向けてくるが、俺はできるだけ視線を合わせないように軽くうなずく程度の挨拶を 返しておき、全く別の方向に顔を背けた。 俺とハルヒの正体――実態と言った方がいいか――をこいつに知られるわけにいかない。なおかつ、こいつから命を狙われる心配 までしなきゃならん。ある意味、最大の要注意人物だ。 ◇◇◇◇ 俺とハルヒは昼休みこっそりと非常階段へ移動して、状況確認を始める。 「で、あんな感じで良かったわけ? クラス中の空気が固まっていたけど」 「本来なら、あれに宇宙人・未来人・異世界人がプラスされていたんだ。それにくらべりゃ、ショックも少ないだろうよ。 それにハルヒが超能力者に興味津々であることも十分に示せたわけだしな」 そんな話をしながら、俺は校庭や周辺の民家を見渡す。ハルヒの言うとおり、どこに情報統合思念体の手先が いるかわからんおかげで警戒しっぱなしだぜ。万一、この話を聞かれれば一瞬にして全てがパアになっちまうからな。 「安心して。監視はうまい具合にあたしがごまかしているから。で、あんたのいう古泉一樹ってのはいつ現れるのよ。 休み時間の間に学校中廻って見たけど、該当するような人物はいなかったけど」 「その前に機関の方はばっちり組織化されているんだろうな? それがいないと古泉も現れなくなる」 「それは問題ないわ。過去3年間のあたしの周辺を活動している連中に、インターフェース以外にもう一つの組織が 増えていたから。見たところ、普通の人間だから恐らくあんたの言っている機関っていう連中でしょ。 しっかし、こいつらインターフェース以上にしつこいわね。3年間まるでストーカーのようにあたしを監視続けている。 今だって遠近距離からこっちをじっと見ているし、クラス内にもエージェントらしき人間もいるわ」 なるほどな。なら状況は似通っているわけだ。となると、古泉はのちに転校してくることになるはず。いや待てよ…… 「古泉が転校してきた理由に、長門と朝比奈さん――ああ、宇宙人インターフェースと未来人がお前に接触してきたことが 理由に挙げられていたっけ。それで転校を迫られたとか」 俺はふと思いつき、 「なあ、今ならまだ俺のいうSOS団を作るのはまだ遅くないんだがやってみる気はないか? お前が文芸部室を乗っ取れば、 そこに長門有希がいるし、2年に行けばきっと朝比奈さんだって――」 「しつこいわよ。さっきも言ったとおり、あたしは全員まとめて接触なんていう危険なことはしたくないの。 それにあんたの所の世界がのほほんと進んでいるからといって、成功例として見ている訳じゃない」 むすっと否定しやがるハルヒ。全くこのハルヒも変わらず頑固者だよ。 しかし、このままでは古泉は北高に転校してくるのか? あの時の話しぶりだと予定を繰り上げてまで来たとか言っていたが。 俺はしばらく考えてみたものの、未来の事なんて予知できるわけもないので、 「とりあえずタネは蒔き終えているんだ。後は芽が育つのを待とうぜ」 「全く脳天気な考え方ばかりだわ。ま、確かにこっちも動きようがないから待つしかできないけどさ」 素直にハイと言えんのか、こいつは。まあいい。古泉に対してはしばらく様子見でいくとしよう。 俺はその他の話に移る。 「情報統合思念体の方はどうなんだ? 何か動きを見せているのかよ?」 「今のところは見ているだけね。わざわざインターフェースを同じクラスに送り込んできているけど、 目立って何かをしようとはしていないわ。連中のことだからどんなことが起点になって考えを変えるかわかったもんじゃないけど」 「クラス内ってのは朝倉のことか」 ハルヒは俺の問いかけに、ちらりと視線を外し、 「そうよ。あいつ今まで何度もあたしを襲ってきた目を離せない要注意人物なんだから。何だか知らないけど、 あたしが能力を自覚している・していない関係なく攻撃してくるみたいね。鬱陶しいったらありゃしない」 「あいつは情報統合思念体の中でも過激派に属しているらしいからな。ハルヒを突っついて、何の蛇が出てくるのかみたいんだと」 俺は朝倉の事について、あっさりと教えてしまった。このハルヒになら別に隠す理由はないからな。多くの情報を渡して 共有しておいた方が何かと動きが取りやすくなるだろうし。 その情報にハルヒは思案顔で、 「なるほどね。あいつらも一枚岩じゃないってことか。そうなると、朝倉は一部勢力の意思で動くけど、その動きに過剰反応して、 あたしのことがばれたら今度は情報統合思念体全体が……ああっ、もうややこしいわねっ! もっとわかりやすく動きなさいよ!」 俺に言われて困る。だが、ハルヒのいらだちももっともだ。これではろくに反撃もできない。 しかし、そんなときのための長門のはずである。 「俺の世界じゃ、朝倉は長門――六組の生徒だが、それのバックアップってことだった。朝倉の一方的な行動はできるだけ 奴らの内部で処理させる動きを取った方がいいと思うぞ。こっちから反撃もろくにできないしな」 「わかっているわよ。とにかく、その古泉一樹って奴が来るのを待っていればいい訳ね」 そうハルヒは言いながら教室に戻った。 俺はそれを確認すると、独自の行動を開始する。どうしても確認しておきたいことがあったからだ。 まず向かったのが、一年六組――長門有希の確認だ。さっき朝倉の対処は長門に任せればいいと言ったが、 肝心の長門がいなければ話にならない。 おれは教室の入り口から覗いてみると、ハルヒ以上に誰も寄せ付けないオーラを拡散させて、教室の一席でもくもくと 本を読みふけっている長門の姿が確認できる。 ほっ。これでさっき言ったことに問題はなくなるな。頼むぜ、長門。朝倉が襲ってきたら助けてくれよ。 後もう一人。長門は情報統合思念体なんだからいる可能性は十分にあったが、問題は朝比奈さんの方である。 この世界にも未来人はいるのだろうか? 俺は朝比奈さんのいる二年二組へ向かい、教室内を見渡す。見知らぬ下級生が覗いていることに、一瞬注目を浴びてしまうが、 その視線を強引に無視していると程なくそれは収まる。その間に、俺は朝比奈さんの姿を確認したが―― いなかった。鶴屋さんは別の女子生徒の環に入ってけたけたとあの豪快な笑いを見せているが、朝比奈さんはいない。 なぜだ? やはりハルヒの介入がなければ未来人は存在しないことになるのだろうか? だがこれで一つ決定してしまったことがある。 この世界――今の状況でSOS団の成立はなくなった。 事情を知らん人間が隣で聞いていたらこう言うかも知れない。似たような人を探して来いよ、ハルヒならすぐ見つけてくるさと。 だが、俺にとってSOS団はもう誰一人の変更も許さない。朝比奈さんでなければならないのだ。 俺は激しい脱力感に身を引きずりながら、自分の教室の席に戻る。ハルヒは人の気も知らず、仏頂面で外を眺めているだけ。 ……一ヶ月か。昨日自宅で過ごしたが、今まで通りの家族がいて、俺の部屋も全く変わらない形であったため、 別の世界に来ているという印象はなく、それなりに安心して過ごすことができた。 学校でも谷口・国木田コンビは健在だったおかげで、弁当をともにする関係は維持できる。そう言った意味で違いは そこまで大きくないのだが…… たった一つ、そしてもっとも必要なSOS団が存在しないこと――もちろん、俺が北高入学時にはまだできていなかった からなくて当然だが、あの長門の読書モード、朝比奈さんの温かいお茶、古泉とのボードゲーム……この世界にはこれらが 一つも存在していない。 それを認識したとたん、俺は寒気を伴う寂しさに襲われて思ってしまう。 ――あのSOS団の部室に帰りたい。 ◇◇◇◇ 一ヶ月の待機後、ようやく変化が訪れた。俺の記憶通りに、古泉が転校してきたのである。ただ出会いは異なっていた。 俺がSOS団ホームシック状態のダウナーな気分で自転車を駐輪場に止め、とっとと早朝強制ハイキングコースに 入ろうとしたとき、予想外の組み合わせに声をかけられた。 「おはよう」 振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。いつもどおり柔らかな笑みを浮かべている。 問題なのはその背後にいる人物だ。さわやかな容姿に、細身の身体、身長は俺よりもやや高く、柔らかい笑みと目、 モデルに採用すればそれなりに注目を浴びられるレベルであろう北高男子生徒。 「おはようございます」 続けて来たのは、あのニヤケスマイル顔の古泉だ。朝倉と古泉、まさかこんなコンビでファーストコンタクトになるとはな。 明らかに俺の知っている展開とは違う。そもそもこの二人には接点というものが全くなかった。 やはりこの世界は俺の時と同じように動いてはいない。欠けているものが多すぎるんだから無理もないんだが。 「ああ、おはよう。背後のは彼氏か?」 俺はできるだけ古泉と初対面であるという様子を取り繕った。正直、古泉だけならいろいろ初接触時のやり方について、 自分なりにシュミレートしていたんだが、朝倉がセットというのは全く考えていなかった。 少しでも不審な行動や言動を取ればたちまち正体を見破られかねない。 朝倉は半分困り顔で手を振り、 「いやだなぁ。あいにくまだ独り身よ。この人は古泉一樹くん。今日、わたしたちの学校に転入してきたんだって。 でも、うちの学校って駅から遠いでしょ? 道に迷っちゃったらしくて困っていたところにわたしが通りかかったのよ。 この制服で同じ学校の生徒だろうと思ってわたしに声をかけてみたんだって」 淡々とした説明だった。道に迷って偶然会ったのが朝倉。普通なら違和感を憶えることもないだろうが、 宇宙人と超能力者が偶然に出会える可能性はいかほどものもだ? 少なくとも、年末ジャンボの五等より高いって事はないだろう。 結論。朝倉の言うことを信じない方が良さそうだ。となると、何らかの目的で俺に接触しようとしているってことか。 「こちらはどなたですか?」 「ああ、さっき話した彼よ」 「ほう、この人が……」 朝倉と古泉の会話を聞くに、どうやら事前に俺の話をしていたようだな。ますます狙って二人そろって接触してきたとしか 思えん。さて、どうしたものか。 俺は一つよろしくと頭を下げると、3人で学校に向けて歩き出す。 古泉は朝倉の背後から俺の顔をのぞき込むように顔を近づけて、 「お噂は聞いています。あの涼宮ハルヒさんと大変親しいようですね。かなり気むずかしい性格のようですが、 何かコツでもあるんですか?」 「別に親しいってわけじゃねえよ。ただあいつが一方的に俺を振り回しているだけだ」 やれやれと俺の嘆息。これは実際事実だからな。この一ヶ月間、SOS団を設立したわけでもないのに、24時間態勢で あちこち引っ張り回され、おかげでホームシック気味が少しだけうんざり分に変換してくれたほどだ。 力を自覚していても、あの突拍子もない行動力は全く変わってねえ。もっともその動機は不思議な何かを探す好奇心ではなく、 不思議な何かから身を守るための警戒心であるところが大きな違いであるが。 これに朝倉は意外そうな表情を浮かべ、 「あらそうかしら? わたしが話しかけてもなーんにも答えてくれない涼宮さんが、あなたとなら気軽に話しているじゃない。 コツがあるなら本当に教えて欲しいな」 さらなる朝倉からの追求に、俺はここは一旦考える素振りを見せる。高校入学式で初めて出会って一ヶ月間程度の設定である以上 昔から知っているような態度を悟られるとまずいからな。 上り坂の角度が急になった辺りで、俺は軽く頭を振る。 「解らん」 それに朝倉は柔らかな笑いを一つ返し、 「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。 一人でも友達ができたのは良いことだわ」 そういや、以前――俺の世界の時も同じ事を言われたな。あの時は委員長になったから委員長らしいことを言っているんだろうと 思っていたが、今思えばハルヒの安定化を望んでいたのかもしれん。一応長門のバックアップってことらしいから、 情報統合思念体主流派の遠くから見守り政策に沿って動いているはずだし。 ――結局は暴走して俺を殺そうとしたが。 「友達ねぇ……」 俺は首をかしげる。 俺にとってハルヒってのは何なんだろうか。元の世界だと友達って言うよりはSOS団団長だな。 俺は雑用係としてこき使われているだけであり、またハルヒの暴走に歯止めをかけている唯一の良心と言ってもいい。 じゃあ、今いる世界のハルヒと俺は何なのだろう? 友達じゃないのは確実だ。馴れ合っているわけでもなく、 一つの目的に向かって共同歩調を進めている。協力者と言った方が適切かも知れない。 そんな俺の複雑な気分を無視して朝倉は話を続ける。 「その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、 みんな仲良くしていきたいじゃない? よろしくね。これから涼宮さんに何かを伝えるときは、 あなたから言ってもらうようにするわ」 「さしずめ、あなたは涼宮さんのスポークスマンと言ったところのようですね」 おいコラ古泉。俺の反論台詞を封じるんじゃない。お前はしばらく黙っておいてくれ。 朝倉は俺の渋い顔を見て、納得していないことを悟ったのか、両手を可愛らしく合わせて、 「お願い」 あの時と全く同じ事を言われた。まさか古泉とセットの状態で言われるとは思わなかったけどな。 俺が溜息+肩を落としていると、今度は頼んでもいないのに古泉が今度は自己紹介を始めた。 「初めまして。僕は古泉一樹と申します。今日付で北高の一年九組に転校することになりました。 これからいろいろとお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。特に――涼宮さんに関しては」 ……やっぱりハルヒ絡みで近づいてきたようだな。意図をビンビンぶつけてきやがる。 俺はしばらく黙っていたが、やがて立ち止まって二人の顔を見渡し、 「何が目的だ?」 「……はて、それはどういうことでしょう?」 しらばっくれる古泉を俺は睨みつけ、 「とぼけんなよ。どう見ても、二人してハルヒに対して興味津々じゃねえか。だったらハルヒに直接接触した方がいいだろうに、 なぜか俺にそんなことを言ってきている。なら、俺に聞きたいこと、あるいは言いたいことがあるんじゃないのか?」 「あら、思ったより自意識過剰なのね」 返ってきたのは朝倉の淡々とした声。わずかながら嘲笑じみた笑みも篭もっている。 「あたしがさっき古泉くんに涼宮さんのことを話しただけなの。彼はそれに興味を持っただけ。 どうしてそんなに警戒しているのかな?」 ぎくりと俺の心臓が破裂するほどにふくれあがり、全身に冷や汗が流れ出た。まずい、俺の疑心暗鬼が作り出した妄想に 大きなミスをやらかしてしまったのか? 「なーんてね♪」 そこで朝倉がぺろっと舌を出して、びっくりカメラでしたーと言わんばかりのおどけっぷりを見せた。 この野郎、からかいやがったな。 ここで古泉が朝倉をフォローするように、 「あなたのおっしゃるとおり、僕たちはちょっとあなたに話があります。それもそうそう信じてもらえるかどうかわからないような レベルの話でしてね。唐突に出会っていきなり言うのも戸惑いを増幅させるだけなので、今日はちょっとばかり挨拶をと」 「…………」 俺はいらだちを込めたうめきを上げる。古泉らしいと言えばそうだが。 こんな話をしている間に、すでに北高の校門に到着してしまった。話ながらだとハイキングコースも短く感じるな。 ここで古泉は手を振って、 「では僕は転入手続きなどで寄るところがありますので、ここで失礼させていただきます。さっきの話の続きはまた、 そうですね。今日の放課後にでもしましょう」 そう俺たちから離れていった。 朝倉はいつもの笑みを浮かべて、 「じゃあ、わたしたちは教室に行きましょう」 そう二人で自分のクラスへと足を向けた。 ◇◇◇◇ 「ようハルヒ」 「…………」 始業ぎりぎりに来たわけではないが、とっくに席について数十分状態に自分の席で気難しい顔つきで座っているハルヒに 声をかけてみるが、まるっきり無視されてしまった。 と、ハルヒの視線が微妙に朝倉に向けられていることに気が付く。 ハルヒは朝倉が自分の席に座ったタイミングで、はあっとため息を吐くと、 「朝っぱらから朝倉と二人で登校するとは随分堂々としているわね。あんた、あいつらの危険性を本気で認識しているわけ?」 「おい、教室でその話は――」 「大丈夫よ。ごまかしているから」 気にするなと手を振るハルヒ。なら、遠慮する必要もないんだな。 「朝倉から接触されたんだよ。超能力者と一緒にな」 「あんたの言う古泉――一樹だっけ? ついに転校してきたの?」 ああ、どうやら二人で何やらたくらんでいるみたいだがな。 ハルヒはキッと俺を睨みつけると、 「何か余計なこと言わなかったでしょうね? 今のところ、奴らに動きはみえないけどさ」 「挨拶されただけだよ。もちろん、お前絡みについて散々思わせぶりなことを言っているけどな。続きは放課後だそうだ。 たぶんお前さんについてだろうよ」 「ふーん、ってことはどうやら機関ってのが本格的に動きそうってことね。あんたの狙ったとおりに」 「さて、それはどうかな」 俺はかいまつんで、自分の時との違いを説明してやる。あの時は、長門→朝比奈さんと告白されて、 むしろ古泉は俺の方から問いつめたような展開だったからな。朝倉と一緒に来るなんて想定外も良いところだ。 「本当に大丈夫なわけ? どうも信用ならないのよね、あんたの言っていることは」 何今更なことを言いだしやがる。とはいえ、ここまで違ってくると不安になるのは俺も同じだ。 ………… いいや大丈夫だ。出会いが違っても、古泉は古泉だった。あのうさんくさいスマイルも周りくどい言い回しもあいつそのもの。 ならば、俺の世界と同じように古泉との関係を築けるのは不可能ではないはず。 俺は頭を振って仕切り直すと、 「とにかく、俺ができるのはアドバイスまでだぞ。これをどう生かすのかはお前がやることだ。 このままだと放課後に古泉から自分は超能力者だとカミングアウトされることになる。ついでに朝倉からも 自分は宇宙人だと言われる可能性もな。どう動くつもりだ? 向こうが動いた以上、こっちも様子見って訳には いかないんじゃないのか?」 それに対してハルヒは得意げな笑みを浮かべて腕を組むと、 「もちろん考えているわよ。向こうの動きを待つ必要はないわ。まず古泉一樹って奴をこっち側に引き入れて、 それをコネに機関って組織を乗っ取る。見れば、結構大きな組織に成長しているみたいだからね。 うまく扱えば、あたしの隠れ身として使えるかも」 おいまさか機関を自分のものにする気か? 関係ない人間を巻き込みたくないって言っていたのはどこへいっちまったんだよ。 「関係ない人間を巻き込んでリスクを増やすのは嫌なだけ。これだけ大きな組織になれば、使いようによっては ことをうまく進められるかも知れない。昼休みにこっちから仕掛けるわ。まずは古泉ってやつの身柄を確保する」 どうやらがぜん乗り気になってきたらしい。もっとも俺の世界とは違い、どうやらこのハルヒは機関を道具として 使うつもりのようだが。 俺はイマイチ釈然としないものの、それに同意して頷くことしかできなかった。 ◇◇◇◇ 俺は昼休み弁当も食わずに非常階段のところでハルヒを待っていた。二人で行くのも微妙だから、ハルヒがとっつかまえて ここに連れてくるんだそうだ。今頃、九組へ傍若無人に乗り込み、その辺の生徒を適当につかみ上げて、 転校生はどこかと聞き出した後、恐らく顔の良いあいつのことだろうからお弁当がらみで女子に囲まれているところに ダイブするかのごとく中心部に飛び込み、そのまま有無も言わさずにここまで引っ張ってくるだろう。 一気に九組の女子全員を敵に回したのは確実だろうな。いや、相手が相手だから野良犬にでもかまれたと思って諦めるか? 東中時代を知っている奴がいれば、飽きるまでの辛抱よ、ぐらいで済ますかも知れんが。 「ヘイ、お待ち!」 一人の男子生徒の袖をがっちりキープしたハルヒがやってきた。しかも、出前でも持ってきたような言葉まで言ってやがる。 全く力を自覚していても基本的な性格はかわらんね。 「一年九組に本日やってきた即怪しすぎて第1候補にしておけない男子生徒、その名も古泉一樹くん!」 朝に自己紹介なら済んでいるからもうしなくて良いぞ、ハルヒ。ただ、古泉はそんな俺の考えを無粋だと判断したのか、 改めて俺の方に握手の手をさしのべて来て、 「古泉一樹です。どうぞよろしく」 俺は自分の名を名乗りつつ、その握手に答える。 ハルヒは俺たちの手を遮るように割り込み、両手を上げて、 「あたし、涼宮ハルヒ! 古泉くんは知らないだろうけど、現在絶賛超能力者を募集中なのよ! で、その第1候補にあなたが選ばれたってわけ」 「んで、そんなこいつの偏執的妄想の確認のため、お――あんたはここに連れてこられたって訳だ。 済まないな、昼休み中だってのに」 「いえ、特に予定はありませんでしたし、転校生のせいかクラス中からの奇異の注目を浴び続けることに少々うんざりしつつ していましたので、ちょうど良い余興かと」 淡々と古泉はいつものインチキスマイルを浮かべ続ける。 しかし、ハルヒ。いきなり超能力者と決めつけて古泉に接触するなんてちょっとまずいんじゃないか? 少なくとも俺の世界の時は、怪しい転校生と決めつけてSOS団に入れさせようとしただけなんだが。 超能力が使えるんでしょ、的な熱烈視線をハルヒから浴びせられ、古泉は困ったなと頬をぽりぽり書いている。 実際に使えるのは事実だが、ハルヒにそれを教えるわけにも行かんだろうからな。ん、ということはこの時点で、 機関はハルヒが力の自覚ができていないと認識しているのは確実か。 ハルヒはあの泣く子も逃げ出す強力熱視線を向け続けていたが、古泉のニヤケ微笑みを崩すのはすぐには無理かと判断したようで 「ふん、黙っていれば疑惑が深まるばかりよ。絶対に化けの皮をはがしてやるわ。今日からあたしたちと一緒に行動してもらう。 その中で隙を見つけてみせるから!」 めっちゃくっちゃな言い分だが、これぞハルヒと言えるだろう。 古泉は困ったポーズをとり続けていたが、 「一緒に行動するのはいいんですが、具体的にどうすればいいのでしょうか?」 「とりあえず、登下校は必ずあたしと一緒にいなさい。昼休みもここで必ず集合。お弁当もここで取るわよ。 キョン、さっきからマヌケ面で聞いているけどあんたも一緒だからね」 うおいちょっと待て。これから俺のスクールデイズはハルヒ分100%かよ。ただでさえ、俺の後ろでむすーっと しているってのに、今度は唯一ハルヒからの解放時間である登下校と弁当タイムまで没収なんて残酷にもほどがある。 ああ、さらば谷口・国木田、お前たちとの平穏な弁当時間は、唐突だがハルヒによってボッシュートされちまったよ。 あと今日放課後の古泉・朝倉との密談も後回しだな。 そんなわけで俺・ハルヒ・古泉の奇妙な関係で結ばれたグループが誕生した。 ◇◇◇◇ その日の放課後、SOS団もないため全員帰宅部である俺たちは、終業のチャイムが鳴ったとたんに 一斉に学校から飛び出していく。もちろん古泉も一緒だ。 「部活なんてやっても無駄なんていわないけど、あたしにとっては必要ないものね。ここの学校の部活は普通のばっかりだし。 もっと超常現象研究会とかあるけどさ、他人がやったのとか写真とか集めているだけで自分で実戦しようとしないのよ。 そんな研究に何の意味があるのかと問いかけたいわね。やっぱり自分でやれるようになってこそおもしろいものじゃない」 「そうですね」 ハルヒは古泉をまくし立てるように話ながら、下校の下り坂を下りていく。俺はその後ろをコバンザメのようにくっついて歩く。 当の古泉はイエスマン状態になってはいはいと頷くばかりだ。ただたまには聞き返したりもする。 「涼宮さんは全ての部活に仮入部されたと伺いましたが」 「そうよ」 「何か良い部活はなかったのでしょうか? 僕のつたない耳のみの情報網でも涼宮さんは文武両道に 大変優れた方であると聞いていますので、どこの部でも快く受け入れてもらえると思いますよ」 そう、古泉が来るまでの一ヶ月間の間、俺はつじつまあわせになるかもしれないと考え、ハルヒに全ての部活への仮入部を させていた。俺の時とできるだけ同じようにしておきたかったというのが一番の理由だ。ハルヒの奴はツマランを連発して 文句ばっかり言っていたが。 「はっきり言って全然ダメね」 「ほう、その理由とは」 「ミステリー研究部はただの推理小説マニアの集まり、UFO研究会なんて新聞記事をスクラップしたのを 見てニヤニヤしているだけよ。実際に探しに行こうとも思わないんじゃ、活動自体が無意味ね」 「なるほど」 古泉はニコリと答えるだけ。 ハルヒはその後も一方的にべらべらとしゃべり続け、古泉はうんうんとうなずくだけの下校タイムとなった。 ◇◇◇◇ 「じゃあ、僕はここで」 「うん! じゃあ、また明日の朝ここでね! あ、何かあったら電話で連絡するから」 別れ際に早速明日の古泉の予定を乗っ取るハルヒだ。何というか、いつも見ていたとはいえ、改めてみると とんでもない傍若無人ぶりだな。今更だが。 古泉は特に問題ないという感じで、気色悪い笑みを浮かべると手を振りながら人混みの中へ消えていった。 ハルヒはその姿が見えなくなった時点で、ふんと偉そうに胸を張り、 「なっかなか、人間的にできている人みたいね、古泉くんって。話しやすいし」 どうみても一方的にお前が話すのを、うんうん頷いているだけにしか見えんが。お前にとってはこれ以上ないくらいに やりやすい相手かも知れないけどな。だからこそ、良心ストッパーの俺の存在が重要になるって構図だ。 まあそれはさておき。 「で、初接触の感想はそれだけか? これからのプランはあるんだろうな? 俺が後できるのはせいぜいお前と古泉の間に入って 微調整してやることぐらいだからな」 「わかっているわよ、そんなこと」 ハルヒはふふっとあくどい笑みを浮かべて、 「当面の目標は古泉くんをあたしの部下に仕立て上げた後、機関って組織の乗っ取り。これで行くわ」 どうやら目的がはっきりして楽しくなってきたんだろうか、ここ一ヶ月むすーっとしっぱなしだったのは打ってかわって、 俄然やる気になってきたようだ。 ん、待てよ? ひょっとして俺も明日の朝、ここでお前と待ち合わせなきゃなならんのか? 「あったり前でしょうが。発端はあんたなんだから、きちんと責任を持って付き合ってもらうわよ。遅れたら死刑!」 ハルヒの笑顔を見ていると、明日から始まるドタバタ非日常が頭の中に浮かんできて疲れが何だかましてくる気がするよ。 ……やれやれ。 ◇◇◇◇ 「遅い! 罰金!」 翌日、眠い目をこすって俺的登校予定時刻-30分(ハルヒ指定時刻)にやってきてみれば、ハルヒと古泉は すでに到着済みだった。ハルヒに至っては待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組んで俺を睨みつけているときたもんだ。 ただ、久方聞いていなかった懐かしい言葉を言われて、ちょっとほっとしてしまう俺もどうかしていると思うがね。 「まだお前の言っていた時間にはなっていないぞ」 「あたしを待たせるなんて数十光年早いのよ。もっときっちり早く来なさいよね」 無茶苦茶な理論を並べるな。大体光年は時間じゃない。 そんな俺たちに古泉はただニヤニヤしているだけだった。 んで、俺たちはプンプンしながら歩くハルヒを先頭に、学校への道のりへと足を踏み出す。と、ここで隙を見つけたとばかりに 古泉が俺に急接近してきて、 「昨日はすみませんでした。まさか、初日の昼休みから涼宮さんに声をかけられるとは想定していなかったもので」 「放課後の話の件か。気にしてねえよ。ハルヒの思いつきはいつものことだからな」 「しかし、この分ではしばらく例の話はできそうにありません。こちらも時間を調整しますので、決まり次第あなたに連絡します」 「こら! 二人で何こそこそしゃべってんのよ!」 俺と古泉の密談に気が付いたのか、ハルヒがこっちにつばを飛ばして怒鳴ってきた。 ◇◇◇◇ 昼休みだ。 ハルヒは弁当とボードゲームを取り出し、 「昨日あんたと電話で話したときのものを用意してきたけど、本当にこれでいいわけ? 家の倉庫を引っかき回して、 オセロしか見つからなかったんだけど」 「ああ、それで十分だよ。あいつは思いの外ボードゲーム好きみたいだからな」 以前、ダイヤモンドゲームなんていう骨董品に含まれそうなほどのゲームで俺に対戦を挑んできたほどだ。 暇つぶしの方法としてはそれなりに気に入っているんだろうよ。 ハルヒの持ってきたのは、ボードは折りたためる小型のタイプで、磁石でくっつけるタイプだから狭い非常階段でも 問題なくできるだろう。さてさて、あとは古泉が素直に来ていることを祈るだけだが。 ずかずかと目的地に向かうハルヒに、俺も弁当を持って付いていこうとする。おっと、その前にメシの友だった 谷口と国木田に一声かけておいて―― だが、察しの良いことに二人はにやけたツラをこっちに向けて、国木田は手を振り、谷口は手を合わせてナームーとか ほざいてやがる。人をなんだと思っているんだ。 俺はそんな二人を無視して、とっとと非常階段へ向かった。 到着してみれば、すでに古泉は弁当を持ってスタンバイ状態だ。 「あれ、もう来ていたんだ」 「ええせっかく誘われたので、待たせるのも失礼かと思いまして。授業が終わり次第すぐこちらに」 「へえ、感心感心。ほらバカキョン、あんたも古泉くんの姿勢をきちんと見習いなさいよ」 んなこと言われても困る。 さて、ここからお弁当+お遊びタイム開始だ。本来なら文芸部室でしているようなことだが、SOS団がないんだから 仕方がないか。 ハルヒは古泉についてあーだこーだ聞き出そうとしている。やれ出身校は、誕生日は、趣味はなどなど。 まあ、初対面の人間が親しくなり始めてから聞くような内容だな。それを面倒くさがってマシンガンのように 質問攻めで聞き出そうとするのはハルヒの傍若無人ぶりがあってこそだし、それにネガティブな反応を見せず、 かわすところはかわして答えるところはさらっと答える古泉は、まあ確かに良いコンビかも知れない。 ……ただ、古泉のこの振る舞いは演技らしいが。 で、昼休み終了後、ハルヒは弁当とボードゲームを片づけずつ、 「古泉くん、弱すぎよ。本当にこれ好きだったわけ?」 「いつまで経っても強くならないのがあいつの特徴だ。俺の世界じゃ、お前じゃなくて俺の相手をしていたわけだから、 わざと負けている訳じゃないと思うが」 そんな俺の返答に、ハルヒはふーんと余り納得していない様子であった。 ◇◇◇◇ それから二週間、同じような日が繰り返された。 朝、古泉と一緒に登校し、昼休みは弁当喰ってボードゲームに興じ、下校も3人で返る。 たまにゲーセンとかによってUFOキャッチャーや太鼓のゲームに興じたりもした。休日はハルヒがいつもの駅前に 俺と古泉を呼び出して一日遊び倒して廻る。 ハルヒはことあるごとに超能力者であることを見破ってやるわと、古泉に勝負をけしかけていたが、 元々そんなものを持っていない古泉がそれを発揮することもなく、一度も勝利することなく全敗街道まっしぐらである。 とは言っても、ハルヒも古泉の超能力がどういうものだか知っているんだから、ただの演技に過ぎないが。 ただSOS団ではないとはいえ、俺は今の生活が多少マシになってきていると感じていた。 古泉・ハルヒとつるんで一緒に遊んでいることはそれなりに楽しくなってきていたし、まあ退屈になることもほとんどなくなった。 休日も、無駄遣いにならない程度に楽しめている現状だ。唯一の問題点と言えば、出費の大半が大半が俺の罰金おごりのおかげで 懐具合が寂しくなる一方ぐらいである。軽い問題ではないけどな。 あと、少しハルヒの様子が明るくなってきたのも感じている。古泉が来るまでの一ヶ月間のむすーっ状態はどこへやら、 ハルヒは毎日が楽しくて仕方ないようで、情報統合思念体の脅威をほったらかして、古泉と俺との遊びに時を忘れるほどに のめり込んでいるようだ。以前に聞かされた長門のパトロンの目的を聞いている以上、少々脳天気すぎやしないかと たまに不安にもなるが、逆に俺の言っているSOS団の存在――古泉のみでもハルヒは十分に楽しめると言うことが 立証できているようで、内心俺もほっとしている気分である。 しかし、当然ながらそんな日々はいつまでも続くわけがない。保留となっていた古泉・朝倉からの話とやらをされるときが ついにやってきたのだ。 いつものようにハルヒ・古泉と一緒に下校する際に、こっそりと古泉からくしゃくしゃに丸められた紙を手渡された。 古泉と別れた後にその内容を読んでみると、 【今日の午後七時に甲陽園駅前公園に来てください】 そう書かれていた。この内容は長門からもらったものに似ている。 もちろんこの内容はハルヒの目にも入っていて、 「……どうやら、向こうもぼちぼち動きを見せるのかしらね。あんたの世界だと、こういうイベントはあったの?」 「イベントって……まあいい。確かにこの時期に呼び出しは受けた。古泉にではなく、何度か言っているインターフェースの 長門からの呼び出しで、自分は宇宙人だと告白されたよ」 「なるほどね。キョンをあいつら側に引き込むって事か……」 あごに手を当てて思案顔になるハルヒだが、それはちょっと違うぞ。 「今回がどうかはわからんが、前の長門の告白は……そうだな、どちらかというと俺に対して警告がしたかったように思えた。 実際にその後に朝倉のおかげで、命の危機にさらされたからな。後は俺はハルヒにとって重要な人物になっていることも 伝えようとしていたようだし」 「あんたが重要な人物ねぇ……確かに、今のあんたはあたしにとって重要な情報源ではあるけど、 あんたの世界じゃあたしは力を無自覚だし、あんたは何でもない平凡な一般人。そんな重要だとは思えないわ。 自意識過剰なんじゃない?」 「知らねえよ。あの話しぶりじゃ、俺がSOS団を結成した――ようは、宇宙人・未来人・超能力者を集めるきっかけを 作ったかららしいけどな」 ハルヒはうさんくさそうな目で俺を見つめるばかりだった。 ◇◇◇◇ 夏が近くなったというのに、やたらと冷え込む夜に俺は指定された公園へとやってきた。 できるだけ、俺の世界の時と同じようにしておこうと思い――特に意味はないんだが――一旦家まで戻って 当時と同じ服装に自転車でここまでやって来ている。 公園に設置されている時計の針は六時五〇分をさしている。まだ古泉の姿はなかった。 ちなみにここで話した内容は即座にハルヒに報告するように手はずを整えている。ただし、録音やこっそりと携帯で 会話の内容を伝える案はハルヒによって即座に却下された。今日、俺がここに呼び出された理由について、 俺が知っているわけがないというのが機関、ひいては情報統合思念体の認識であるはず。事前に準備をしていたら、 怪しさ大爆発で即刻ボロが出るだけだと。事実確かにそうだろうな。あの時はかなり適当――というか理解できなかったが、 今回はできるだけ話の内容を理解して、憶えなければならない。かといって興味津々全開で質問しまくるのも却下だ。 凡人一般人の俺があの電波話を聞かされたときに取るべき態度というのは、理解できん知らんが正しいのだから。 こいつは難題だぞ。いかん、何かテスト前みたいな緊張感に身が震えてきた。 「あら、早いのね」 突如かけられた言葉に、俺は驚いて身を震わせてしまった。いきなり失敗だ。何をそんなに緊張しているんだと突っ込まれたら どうする。落ち着け落ち着け…… 俺は平静さを保つふりを心がけつつ、声の主の方へ振り返った。見れば、古泉・朝倉コンビが北高の制服のまま、 それぞれの笑みを浮かべてこちらに手を振ってきている。 さて……ここからが本番だ。 「まいっちゃった。まさか涼宮さんが一直線に彼の元にたどり着くとは思っていなかったから。 何か感じるものがあったのかしらね?」 一瞬、知るかとか返しそうになったがすんでのところで喉の奥に引っ込める。ハルヒのことを何も知らないのに、 その反応はないだろうからな。だから、こう返す。 「……何の話だ?」 俺の反応に朝倉は一瞬きょとんとすると、ああそうかとポンと手を叩き、 「そうね。最初から話さないとわからないか。ちょっと長い話になるんだけど、結構冷えてきたからわたしの家で話さない? あなたはどう?」 「僕としては、円滑に話を進められればどこでも問題ありません」 淡々とその提案を受け入れる古泉。 朝倉の家か……あの時思ったのとは別の意味で、「マジかよ」だな。壁という壁にナイフコレクションでも 飾ってあったりしないだろうな? 俺はうろたえつつも狼狽しないように心がけていたつもりだが、それを緊張と受け取ったらしい朝倉はにこやかな笑みで 「そんなに緊張しなくても良いよ。罠とか仕掛けている訳じゃないし、取って食べたりしないから」 お前に言われると洒落になってねえよ、マジで。 とは言っても、ここでべらべらとしゃべるわけにもいかんだろうから朝倉の提案に乗って、マンションへ向かうことにする。 そろそろ本格的に冷えてきたしな。 たどり着いた先は、あの長門も住んでいるマンションの505号室。朝倉の部屋だ。 「遠慮なく入って。気にすることはないから」 そう朝倉は自室に俺たちを招き入れる。俺は古泉と一旦顔を見合わせるが、大丈夫ですよと言ってずかずかと上がっていく 古泉の後に続いて、玄関から部屋の中に入った。 部屋の構造自体は長門のものと一緒だったが、あの殺風景で何もないリビングとは違い、テレビやタンス、戸棚など ごくごくありふれた内装になっている。部屋の真ん中には冬にはこたつに変身するだろうテーブルが置かれていた。 俺と古泉はあらかじめ準備されていたようにテーブルのそばに置かれていた座布団の上に座る。 「ちょっと待っててね。せっかくのお客さんだから、茶菓子だけっていうのも殺風景だし、夕食もまだでしょ? 簡単なものを作るわ」 いつの間にやらエプロンを身につけた朝倉が、髪の毛を整えるようにばさっとそれを振り上げ、台所で料理作業を始める。 何というか、本当に生活感あふれるその姿に、俺は一瞬感心と好意じみた感情を持ってしまうが、即刻頭からそれを振い落とした。 あいつは二度も俺を殺そうとした危険人物だぞ、あっさり篭絡されてどうする俺。 「いいですね、朝倉さん。器量よし、気配りよし、性格よし、おまけに才色兼備。付き合うなら彼女のような人物が 理想的だと思いますよ」 「……そう……かもな。俺の友人がAAランク+を付けていたよ」 谷口のランク付けを持ち出して、できるだけ俺の感情を出さないように心がけた。 ところが、これに古泉はどんな曲解解釈を行ったのか、 「おっと失礼しました。あなたにはすでに涼宮さんがいましたか。別に浮気の勧めではありませんので、 気を悪くしたのであれば謝りますよ」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。あのな、俺とハルヒは何でもないんだよ。元の世界ではSOS団団長と雑用係であって ここではただの協力者だ。そもそも恋愛感情自体をハルヒは否定しているんだから、そんな関係になるはずもない。 例え――絶対にあり得ない話だが、俺がハルヒにストレートな恋愛感情を持ったとしても、けっ飛ばされて終わるだけさ。 ――と言ってやりたいんだが、そうもいかん。仕方なく、 「どいつもこいつも勘違いしているようだが、俺はハルヒに引っ張り回されているだけであって、 別に男女の付き合いとかそんな関係じゃない。朝倉は確かに……まあいいやつかもしれないが、あいにく今はそういう気分じゃ ないんでね。ハルヒともどもお前に譲っておくよ」 「何の話?」 気が付けば、湯気が立ち上る鍋を持つ朝倉の姿が。その中からは醤油風味の良い香りが漂ってきた。 もう作ったのか? さすが宇宙人と言えばいいのか。 濡れたタオルをテーブルに敷き、その上に置かれた鍋の中には厚切り大根やはんぺん、こんにゃく――おでんが浮かんでいる。 「あまり待たせるのも問題だから、あり合わせで作ってみたの。食べてみて」 そう俺たちの前に皿と箸を並べ始める。 朝倉の手料理。ナイフやカッターの刃でも仕込んでありそうで、口にもしていないのに口内に鉄の味がじんわりと広がった。 そんな俺の気持ちなんて全く気づかずに、古泉はいつもの笑顔でごちそうになりますと言って、箸を進め始める。 「あなたも遠慮せずに食べちゃって良いわよ」 そう言って朝倉も自分の料理に手を付け始めた。毒は……入っていなさそうだな。いやまあ、朝倉の宇宙人的変態パワーなら 俺を殺すのにそんな回りくどいことはせずに、血管に直接毒を注入してくるだろうが。 俺は一応の礼儀のつもりで軽く頭を下げ、無言のまま箸を取りおでんを口に運ぶ。 「…………」 何だろうか。きっと感涙して津波が俺の背後から迫ってくるような旨さなんだろうが、あいにく朝倉に対する警戒心からか 味わうことに全く集中できず、まるでインフルエンザに冒された舌で物を食べている感覚だ。 しばらく3人とも黙ったまま箸を進める。俺もようやく雰囲気に慣れてきて、味も認識できるようになってきた。 うん、素直にうまいと言っておこう。 だが、このままただ朝倉料理の試食会を続けているわけにも行かない。 鍋の中身が半分になったぐらいで、俺は一旦箸を置いて、 「で、俺に用事ってのは何なんだ? メシを食べさせてくれるのは嬉しいが、それだけなら全部喰ったら とっとと帰らせてもらうぞ。俺も暇じゃないからな」 俺の言葉に、古泉と朝倉は顔を見合わせると二人とも箸を置いた。どうやら余興は終わりのようだな。 さて、どう来る? 最初に口を開いたのは朝倉だった。正座したまま、てを膝の上に置き優雅に語り始める。 「ねえ、涼宮さんのこと、どう思っている?」 「またハルヒのことか。さっき古泉にも言ったが俺とハルヒは――」 「そうじゃなくて」 凛とした朝倉の声。それは冷たくとがり俺の口を止めるには十分すぎる圧力を感じた。 そして、次に朝倉は核心について語り始める。俺が以前に長門にされた話だ…… 「涼宮さんは普通じゃない。そして、わたしも彼も」 ――朝倉涼子の正体と目的。つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースであり、ハルヒの観察。 ――情報統合思念体の存在とその説明。 ――この地球に現れた正体不明の情報フレア、涼宮ハルヒ。 ――そのハルヒには、情報統合思念体の自律進化の可能性があること。 ――そして、最初の情報爆発以降この3年間何も動きを見せなかったハルヒに、強い影響を与える人物が現れた。俺のことだ。 俺はぼんやりと長門から初めて聞かされたトンデモ話に重ねてその話を聞いていた。あの時は全く理解できず、 また受け入れるつもりもなかったっけな。 一通り朝倉が説明を終えるのを見計らって、俺は古泉を指差し、 「こいつも同じだって言うのか?」 「それは違います……」 続いて古泉が自分が超能力者であることを語り始めた。 ――自分は機関に所属している超能力者であること。 ――三年前突然超能力を持ったことを自覚し、同時にその役割を知らされたこと。 ――今、自分たちのいる世界は三年前にハルヒが作り出した物かも知れない。 ――機関はハルヒを神のようなものとして考えている。 ――そのため機関上層部は神の不興をかうことなく、ハルヒが平穏無事に過ごして欲しいと願っている。 ――自分の超能力は特定の条件下でしか発動しない。 ――ハルヒのストレスが最高潮に達したとき、現実から隔絶された閉鎖空間を作る。 ――その中で神人と機関が呼んでいる巨人が暴れるため、それを狩る能力をハルヒから与えられた。 ――ここしばらくは閉鎖空間も発生せず世界は落ち着いている。 ざっと話されたのはこんな感じだ。古泉から超能力者をカミングアウトされたときと実際に閉鎖空間に招き入れられたときに 話したことと同じだな。わかりにくいたとえ話はなかったが。 二人が話し終える頃には、熱々だったおでんも冷たくなりつつあった。俺はただそれを黙ったまま聞いていただけである。 一度聞いたことのある話だったから復習みたいなもんだったからな。呆れや衝撃よりも、そういやそうだったっけぐらいの なつかし話を聞かされた感覚だ。 しかし、この余裕の反応がちとまずかったらしい。二人は呆然と俺を見つめている。やばい。俺を凡人だと認識している以上、 もっとオーバーなリアクションを取った方が良かったか? 「驚きましたね。突然こんな話をしたというのに、あなたは全く驚いている様子がありません」 「ホント。もっと唖然とした態度を取るかと思っていたのに。ひょっとして――」 朝倉はすっと目を細め、こちらを勘ぐる口調で、 「もう知っていたとか?」 ぎくり。俺の心臓が飛び出るほどに激しく鼓動した。まずい……これはまずい…… だが、今までの超常現象遭遇体験のおかげか、自然と口が開いた。 「……俺がそんなヨタ話を信じているように見えるか?」 自分でも驚くほどにけだるい声を上げていた。全力全開で呆れているぞ、俺はとアピールするには十分すぎるほど。 これに朝倉はニコリとちょっと困り気味の表情を浮かべて、 「だよねー。いきなりこんな話をされても困っちゃうわよね」 「ですが、今僕たちの話したことは紛れもない事実です。あなたが信じようと信じまいとその現実は変わりません」 珍しく真顔の古泉に、俺はやれやれと嘆息する。演技・本気、半々で。 さあ、ここからは俺のターンだな。聞きたいことは山ほどあるんだが、あいにく初めて聞かされた馬鹿話を 俺は余り信じていないフリをしなければならない。それをコミで聞くことは…… 「とりあえずだ。おまえらの真剣ぶりはよくわかったよ。それを考慮して今の話を信じるかどうかは 家に帰ってのんびり風呂に入りながらでも考えておいてやる。でだ、今から話すのは信じたからではなく、 どちらかというと興味本位でエンターテイメント的に受け入れた上での質問だ」 我ながらよくわからん前置きをしつつ、続ける。 まず確認しておきたいことが一つ。 「何で俺にそんな話をしたんだ? 俺はどこにでもいるような平凡な一般人だ。そんな話をされても正直言って困る。 だが、言った以上何らかの目的があるってことになるんだが」 「つまりですね、あなたは涼宮さんに誰よりも近い位置にいるということです。 そのため、僕たちの協力者になって欲しいんですよ。機関が望んでいる涼宮さんの安定に貢献していただきたいと」 そう古泉が答えた。朝倉も同意するように頷く。 てか、朝倉は頷くはずがないんだがな。平穏どころか俺をぶっ殺してハルヒの動揺を誘おうとしたんだからむしろ逆だろ。 そう突っ込みたくなるが、とりあえず言えるわけもないので腹の中に飲み込むしかない。 「ようは俺にお前らの仲間になれと?」 「そういうこと。あと涼宮さんの情報も逐一提供して欲しいわね」 朝倉の言葉に、俺は腕を組んで考えるフリをする。やれやれ、以前はただのカミングアウトに過ぎなかったが、 この世界ではちと状況が違うようだ。俺が機関、あるいはインターフェースの手先になれってことだからな。 だが、こんな話をあっさりと飲むわけにも行かん。ハルヒと相談する必要もあるからな。 「わかった。風呂の中でお前らの話を信じられたら、検討しておく」 この話はここまでだ。これ以上聞いておく必要はないからな。ここらでおいとまする頃合いだろう……ボロを出す前にな。 ………… ………… ……いや、一つだけ聞いておきたいことがある。さっきの話の中に欠けている物があったからな。 しかし、聞くべきか? 信じていない奴が聞くことなのか…… しばらく悩んだが、結局俺は聞くことにした。これは俺の命に関わることだからな。 「情報統合思念体と機関、その中はきちんと思惑は一致しているんだろうな? 実は反乱勢力があって、 そいつらがいきなり襲ってきたりするのは勘弁だぞ」 「……痛いところをつかれましたね」 古泉は鋭い目を俺に向けた。朝倉も笑みを隠し、真剣な表情に移行している。 「実のところ、機関の思惑は一致していません。大半が先ほど伝えましたとおり、涼宮さんの安定を願っていますが、 中には涼宮さんの力に注目し、それを利用したり負荷を与えてどういった行動を取るのか知ろうとしている強硬派もいます。 もちろん、機関内部でそう言う人たちは少数派であり、多数派によって厳しく監視していますので 即座に何かをしでかすと言うことはありませんが、彼らがあなたに何かの危害を加える可能性はゼロではありません」 「あら、あなた達も一緒なんだ。わたしたち情報統合思念体も一枚岩ではないわ。主流派は大人しく涼宮さんが変化を起こすのを 見ているけど、中にはわざと問題を起こして強制的に涼宮さんに変革を起こそうとする急進派もいる」 二人の説明に、俺はため息を吐く。ようは俺の世界と同じって事だ。つまりこの先俺は命を狙われる可能性がある。 ハルヒの付随物としてめでたく俺も認定されてしまったわけだ。 だが、古泉と朝倉はまた笑みを浮かべると、 「ご安心下さい。機関は24時間態勢であなたと涼宮さんの安全を確保しています。強硬派の好きにはさせません」 「あたしたちも同じよ。急進派の動きはわたしたちの方で食い止めるから気にしなくて良いわ」 そう言うわけにも行かないがな。特に、朝倉の発言と行動には大きな矛盾があるわけだし。 おっともう一つ聞くことがあった。これはなにげに重要なことだ。 「機関と情報統合思念体の主流派ってのは、きちんと思惑は一致しているのか? そこにも齟齬があるとか言うと 話がややこしくなってくるんだが」 俺の指摘に、二人は顔を合わせて意思の疎通を図り始めた。そして、古泉が口を開く。 「それも残念ですが、完璧にとはいきません。目的が似ているから、暗黙の協力関係が成り立っているだけです。 状況によってはこの先どうなるか、それは涼宮さん次第ですね」 ◇◇◇◇ 俺は夕飯のごちそうを終えると、そそくさと朝倉のマンションから立ち去った。自分の秘密を悟られることなく、 相手からできるだけ情報を引き出す。その重圧による疲労のせいか、俺の足はとんでもなく重くなり、自転車のペダルも まるで後部の荷台に力士でも乗せているかのような重みを持っていた。 宇宙人と超能力者が同時に俺に接触して、そして正体と目的を明かす。しかも、片方は嘘をついている可能性が高い。 俺の世界の時とは明らかに異なっている。未来人がいないことやハルヒの力の自覚の時点でいろいろ根本から異なっているんだから そう言った違いが出てくるのは当然の話とも言えるが、ならばそれによってこれから起きることの何が異なってくる? 朝倉の言っていることが嘘ではないのなら、次に待ち受けているはずの朝倉襲撃イベントはなくなるはずだ。 それがなくなれば、次にあったのは――ええと、古泉との閉鎖空間ツアーか。それがあるかどうかはハルヒ次第だな。 ここのハルヒは意図的に閉鎖空間を作ってストレス解消に暴れているわけだし。その次はハルヒが世界に絶望して 改変してしまおうとすることになるが、これは絶対にあり得ないと言って良い。力を自覚している以上、そんなことを やれるような奴じゃない。あれは無自覚だからこそできる芸当だろう。 そうなるとその後の野球大会やら七夕になるが、今から考えて結構時間が空く。そこまで本当に何も起きずにいるのか? イベント発生率が最大だったこの期間に何も起きないというのは正直想像しがたい。 ならば言えることは一つ。今後起きることは予測不可能と言うことだ。明日何か起きるかも知れないし、 ひょっとしたらこのまま情報統合思念体はハルヒの力の自覚を悟ることもなく、平穏無事に事が進むかも知れない。 「遅かったわね」 考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅前までたどり着いていた俺を自宅の玄関先で待ち受けていたのはハルヒだった。 寒いせいか、私服に薄めのコートを羽織ってずっと待ってたわよと言いたげな顔つきで立っている。 「なによ。人がこの寒い仲間っていたのに、朝倉の家でのんきにご飯までごちそうになっていたわけ? 本当に状況を理解してる?」 そう俺を睨みつけてきた。何でメシを食っていたってわかるんだよ。まさか超パワーでのぞき見していたんじゃないだろうな? 「あんたの口からぷんぷんおでんの臭いがしているのに、いちいちそんなことするなんて労力の無駄よ無駄」 確かに俺の全身からはおでんの臭いがプンプンだ。これじゃ気が付かれて当然か。 ハルヒは、歩きながら話しましょ、と言って歩き始める。俺は仕方なく自転車から降りて、手押し状態でその後を追った。 「今は機関の目を捲いているし、情報統合思念体の監視もごまかしているわ。気にせず、何を見てきたのか教えて」 俺はハルヒに宇宙人・超能力者についてカミングアウトされたことについて適当に話す。すでに知っていることだったのか、 最初は大して興味を示さなかったハルヒだったが、情報統合思念体と機関も一枚岩ではなく、ハルヒに対して強硬姿勢を見せる 連中もいることを話すとやや顔色を変えた。 「やっぱり……そう言うことを考えている連中も今回もいるって訳か」 ハルヒは立ち止まり、すっと空を見上げた。その目はどことなく悲しげで――寂しげでもある。 そして、続ける。 「今まで何度もどうすればいいのか試行錯誤を繰り返してきた中で、必ずそう言う連中があたしにちょっかいを出してきた。 その結果、あたしが力を自覚していることが見破られ、最後はリセットをかけることしかできなくなる。 正直言って、あんたの存在を見つける前はうんざり気味だったわ」 「…………」 俺は何も答えられない。 「あんたを連れてきて、その話を聞いたとき最初は疑問だった。だけど、この二週間久しぶりに何もかも忘れて 楽しめた気がするのよ。今までずっと――どこか情報統合思念体におびえて隠れていないとならなかったから。 だからあんたや古泉くんと遊びまくっているとそんなこと全部忘れられた。あたしは今の状況が続いて欲しいと思っている。 古泉くんもいい人だしね。そして、あたしがそんな脳天気な状態でも誰もちょっかいを出しても来なかった」 ハルヒはここまで言うと、俺の方に振り返りふふっと笑みを浮かべて、 「あんたの言うとおり、超能力者の作ったのは間違いじゃなかったかもね。機関ってのがあたしを監視しつつも、 手を出してくる脅威を旨くさばいているのかもしれない。情報統合思念体も意図はわからないけど、静観している。 こんな状態は初めてよ。ありがとう、あんたのおかげで久しぶりにちょっと希望が持てるようになったわ。 あ、でも乗っ取る野望は捨てた訳じゃないわよ? どうせなら完全にあたしの手中に収めた方がいいしね」 俺はその屈託のない笑みに俺は思わず目を背ける。いや、やましいことはないんだがなんつーかこっぱずかしい。 だが、俺の言っていることを信じてもらえたのは、素直に喜んでおくか。俺の世界がそんなに簡単にぶっ壊れないと言うことを ハルヒが一部とは言え認めたも同然だからな。 ハルヒは俺の方を振り向いたまま離れ、 「そろそろ遅くなってきたから帰るわ。じゃあ……また明日、いつもの場所で古泉くんと一緒に」 そう言ってハルヒは小走りに家路についた。 そうか。ハルヒもこの世界がうまくいきつつあることを自覚しているんだな。それにしても、このハルヒは今まで どのくらい苦難の道を歩んできたんだろうか。ずっと一人で情報統合思念体と戦い、その干渉から逃れようと もがき続けていたのか? それがどのくらいの重圧なのか、俺には想像すら付かない。 まあ、どのみち今の状況が続けば、俺の仕事も思ったより楽に終わりそうだ。とっとと終わらせて あのSOS団団長涼宮ハルヒの元に帰らないと、罰金額が増加の一途をたどりそうだしな。 ……しかし、甘かった。 ◇◇◇◇ 翌日の朝もここ二週間と何も変わらなかった。朝、ハルヒ・古泉と一緒に登校して、授業を受ける。 しかし、昼休み前に状況が一変する。 教室中に広がる悲鳴。そして、それをかき消すヘリコプターから発せられるもの凄い轟音と暴風に窓が激しく軋んだ。 「……なによなになに!?」 ハルヒが飛び上がって、窓から離れた。俺も抜ける腰を必死に支えて、逃げるように窓から離れた。 なんせ、俺たちの教室の窓に張り付くようにあの――戦争映画かなにかで出てきそうな戦闘ヘリがこちらを睨んでいるんだから。 そして、やがてその機体前面下部に付けられている回転式の機関銃みたいなものが火を噴く―― ~~涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(後編)へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1695.html
【涼宮ハルヒの病院】 【涼宮ハルヒの病院】長門 side 【涼宮ハルヒの病院】●とキョン
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/72.html
涼宮ハルヒの憂鬱Ⅴ(2006年放送版第13話、構成第05話・DVD版第06話/2009年放送版・時系列第05話) スタッフ 脚本:志茂文彦 絵コンテ:北之原孝将 演出:北之原孝将 作画監督:米田光良 原作収録巻 第1巻:『涼宮ハルヒの憂鬱』より第6章のP217からと第6章の最後まで(P249まで)。計32ページ分をアニメ化。 DVD収録巻 『「涼宮ハルヒの憂鬱」第3巻』に収録。 紹介 前半は、ハルヒとキョンで朝倉の住んでいたというマンションに向かう。後半は古泉とのシーンと明確に分けられており、他の回に比べてゆったり尺が取られている。 古泉の話は『涼宮ハルヒの憂鬱 III』での証拠を見せようという趣旨もあるようだ。 古泉とキョンの会話のシーンで寝てしまったという人もいるらしいw。 2006年放送順では次回が最終回、時系列(DVD順)でも次回は憂鬱編のクライマックスとなり伏線がそこらどこらに散りばめられている。 2006年放送順の提供バックのねこマンは『じじねこマン』。(DVD第05巻に収録) 次回予告 TV版(『涼宮ハルヒの憂鬱』第3巻に収録): ハルヒ:次回涼宮ハルヒの憂鬱第6話! キョン:違う!次回涼宮ハルヒの憂鬱第14話、『涼宮ハルヒの憂鬱 VI』。じゃ、またな。 ハルヒ:お風呂入れよ!歯磨けよ! キョン:私たち、普通の女の子に戻ります。 ハルヒ:我がSOS団は永久に不滅でーす! キョン:来週もまた見てくださいね!じゃーんけーんぽーんっ! ハルヒ:バカーッ!! キョン:見えねぇ! DVD版: 有希:次回、『涼宮ハルヒの憂鬱 VI』。見て。 放送版とDVD版との違い エレベーターシーンで追加カット、踏み切り前のシーンで追加カットなど。 マンション前で長門と会うシーンのマンションの壁を修正など。 マンションからハルヒとキョンが帰るとき、ハルヒの話しかけるタイミングが違う。 パロディ・小ネタ キョン、古泉が閉鎖空間に入ったところは大阪府大阪市の梅田あたり。 EDテロップで、ハルヒが1段目に1人きり、2段目にキョンと古泉がくっついて表示されている。前者はハルヒの心情を示したもの? 次回予告ネタお風呂は入れよ、歯磨けよ→ドリフ。 私たち、普通の女の子に戻ります。→昭和のアイドルグループキャンディーズの引退宣言。 我がSOS団は永久に不滅でーす!→巨人終身名誉監督長嶋茂雄が現役引退時に述べた言葉。 来週もまた見てくださいね!じゃーんけーんぽーんっ!→サザエさんの次回予告。 キャスト・スタッフ(詳細) キャスト 1段目 涼宮ハルヒ:平野綾 2段目 キョン:杉田智和 古泉一樹:小野大輔 長門有希:茅原実里 管理人:青野武 スタッフ 脚本:志茂文彦 絵コンテ:北之原孝将 演出:北之原孝将 作画監督:米田光良 動画検査:栗田智代 美術設定:田村せいき 美術監督補佐:平床美幸 色指定検査:石田奈央美 制作マネージャー:富井涼子 原画 高橋博行 紫藤晃由 大藤佐恵子 松尾祐輔 端 由美子 松尾恵里 内藤直 大更麗子 中野江美子 米田光良 動画 佐藤綾 紅林誉子 黒田比呂子 多田夏美 細田はな 仕上げ 北岡なな子 嶋智子 山森愛弓 背景 細川直生 鵜ノ口穣二 袈裟丸絵美 加藤夏美 川内淑子 松浦真治 伊藤豊 撮影 中上竜太 田中淑子 高尾一也 山本倫 石井和沙 浜田奈津美 梅津哲郎 (ポストプロダクションなどは省略) 放送日程 2006年(野球中継などは考慮せず) チバテレビ:2006年6月25日24時00分-24時30分 テレ玉:2006年6月25日25時30分-26時00分 tvk:2006年6月26日25時15分-25時45分 KBS京都:2006年6月26日25時30分-26時00分 テレビ北海道:2006年6月26日26時00分-26時30分 サンテレビ:2006年6月27日24時00分-24時30分 TBC東北放送:2006年6月27日26時00分-26時30分 東京MXテレビ:2006年6月28日25時30分-26時00分 テレビ愛知:2006年6月28日26時28分-26時58分 広島ホームテレビ:2006年7月1日26時05分-26時35分 TVQ九州放送:2006年7月1日26時40分-27時10分 2009年 サンテレビ:2009年4月30日24時40分-25時10分 テレ玉:2009年4月30日25時00分-25時30分 新潟テレビ21:2009年4月30日25時45分-26時15分 東京MXテレビ:2009年5月1日26時30分-27時00分 tvk:2009年5月1日27時15分-27時45分 TVQ九州放送:2009年5月2日26時40分-27時10分 テレビ和歌山:2009年5月3日25時10分-25時40分 テレビ北海道:2009年5月4日25時30分-26時00分 KBS京都:2009年5月5日25時00分-25時30分 広島テレビ放送:2009年5月5日25時29分-25時59分 チバテレビ:2009年5月5日26時00分-26時30分 奈良テレビ:2009年5月5日26時00分-26時30分 仙台放送:2009年5月5日26時08分-26時38分 メ~テレ:2009年5月5日27時55分-28時25分 Youtube:2009年5月6日22時00分-2009年5月13日21時59分(1週間限定配信) RKK熊本放送:2009年11月15日25時50分-26時20分 DVDチャプター アバン(0:00~0:32) Aパート開始(2:02~3:37)※題名無しはぁ?(3:38~6:00) 気をつけて・・・(6:01~9:18) 涼宮ハルヒの憂鬱(9:19~11:00) Bパート開始(11:01~13:19)※題名無し3人の存在理由(13:20~15:25) 目的地へ(15:26~17:13) 閉鎖空間(17:14~19:08) 神人(19:09~21:03) 帰宅(21:04~23:10) 使用サントラ 0 00~0 31『憂鬱の憂鬱』サントラ02収録 0 32~2 02 OP 2 03~3 37 SE 3 38~5 32『非日常への誘い』サントラ08収録 5 33~6 58 SE 6 59~9 18『ハルヒの告白』サントラ04収録 9 19~11 34 SE 11 35~13 20『恐怖のはじまり』サントラ06収録 13 21~14 22 SE 14 23~17 13『ミステリータイム』サントラ06収録 17 14~17 29 SE 17 30~19 10『閉鎖空間』サントラ04収録 19 11~20 37『神人』サントラ04収録 20 38~21 02『閉鎖空間』サントラ04収録 21 03~21 41 SE 21 42~23 10『ザ・ミステリアス』サントラ02収録 23 11~24 15 ED 24 16~24 31『冒険でしょでしょ?予告アレンジ』サントラ02収録 一覧 新アニメ 1期時系列 1期放映順 DVD 原作小説(巻) コミック収録巻 アニメサブタイトル #01 第01話 第ニ話 第01巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 I #02 第02話 第三話 第01巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 II #03 第03話 第五話 第02巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 III #04 第04話 第十話 第02巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 IV #05 第05話 第十三話 第03巻 憂鬱(1) 第02巻 涼宮ハルヒの憂鬱 V #06 第06話 第十四話 第03巻 憂鬱(1) 第02巻 涼宮ハルヒの憂鬱 VI #07 第07話 第四話 第04巻 退屈(3) 第03巻 涼宮ハルヒの退屈 #08 - - 新第01巻 退屈(3) 第03巻 笹の葉ラプソディ #09 第08話 第七話 第04巻 退屈(3) 第04巻 ミステリックサイン #10 第09話 第六話 第05巻 退屈(3) 第04巻 孤島症候群(前編) #11 第10話 第八話 第05巻 退屈(3) 第04巻 孤島症候群(後編) #12 - - 新第02巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #13 - - 新第02巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #14 - - 新第03巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #15 - - 新第03巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #16 - - 新第04巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #17 - - 新第04巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #18 - - 新第05巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #19 - - 新第05巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #20 - - 新第06巻 溜息(2) 第05巻 涼宮ハルヒの溜息 I #21 - - 新題06巻 溜息(2) 第05巻 涼宮ハルヒの溜息 II #22 - - 新第07巻 溜息(2) 第05-06巻 涼宮ハルヒの溜息 III #23 - - 新第07巻 溜息(2) 第06巻 涼宮ハルヒの溜息 IV #24 - - 新第08巻 溜息(2) 第06巻 涼宮ハルヒの溜息 V #25 第11話 第一話 第00巻 動揺(6) 未制作 朝比奈ミクルの冒険 Episode00 #26 第12話 第十二話 第06巻 動揺(6) 第06巻 ライブアライブ #27 第13話 第十一話 第06巻 暴走(5) 第07巻 射手座の日 #28 第14話 第九話 第07巻 オリジナル 未制作 サムデイ イン ザ レイン
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4612.html
……と、いかん。回想にかまけているうちにすっかり日が暮れちまった。 ハルヒは雨が降ってるからという理由で朝比奈さんを連れてとっくに帰っている。俺と長門はポエム作成を仰せつかり部室に残っていて、古泉は……こいつもまだ居残りながら、前回の小説誌をなにやら思わしげな表情で読みふけっていた。時々長門に話しかけていたりしたので、長門の不思議小説の解読でもやっていたんだろう。あれの内容では古泉のような登場人物が意味深な発言をしているので、俺よりも更に気にかかるんだろうね。しかし、何故今頃になって。 それはともかくポエムの方なのだが、明日が金曜日であるにも関わらず長門も俺も未だにテキストエディタを活用することなく、パソコンにはまっさらな画面が広がっているのみだった。ホントにどうすりゃいいんだよ。これ。 しかし、今はそれも隅においておこう。朝からずっと言いつぐんでいたのだが、俺はまた朝比奈さん(大)から下駄箱を介して手紙を受け取らされている。今の俺にとってはめっきり嬉しいものではなくなっているが、この手紙は読めば百日寿命が縮むものではなくむしろ伸ばす目的のものなので、俺は例え憮然とした面を浮かべながらも読むしかないのだ。 内容は放課後に元・一年五組の教室で待っているというものだった。以前にどこぞの朝倉さんからもらった手紙の文面と似ていて非常にお断りしたいのであるが、無視できるはずもない。それにこっちとしても会って話を聞きたかったしな。 だが、今回はこれまでとは違う。いつものようにトイレの個室で手紙の封を切りはしたが、それは骨をもらった犬が安全圏に赴いてそれを楽しむといったものではなく、単に散歩コースでお決まりの電柱程度の意味しかない。 それに、もう俺は言われたとおりの芸をする気もさらさらないんだ。朝比奈さん、俺は「お手」といわれて右前脚を差し出せばご褒美が貰えるといった行動に、今度はwhatを挟ませてもらうぜ。あの藤原の言葉をまるっきり信じているわけじゃないが、それでもあなたの行動は怪しすぎる。あそこで俺の朝比奈さんも藤原の話を聞いていたんだから、あの朝比奈さんより未来のあなたは全て知っていたはずなんだ。 それに、藤原は朝比奈さんたちは過去には最初から遡っていないと言っていた。この言葉を信じた上で過去に行くことが目的じゃないのなら、本当の目的は何なんだ? やっぱり、自分の未来へ導くためなのか? それが特殊な未来なら、彼女の指示通りに動く俺たちの未来には、これから何が待ち構えているんだろうか――――。 まあ、それも今から朝比奈さん(大)に会って問いただせばある程度の見当は付くだろう。今度ばかりはそれを聞かないと動きようもないし、時期的にもそろそろ話してくれたって良い。 ……丁度古泉と長門が残っててよかったというべきだな。こいつらには俺がこれから聞く話を帰宅の道中で伝えておこうと思い、 「古泉、長門。今から俺は少し席を外すが、またここに戻ってくるまで待っててくれないか? これからもっと未来の朝比奈さんと会ってくる。いい機会だ。色々聞いてみるよ」 「待って」 おや、という眼差しで長門を見る俺と古泉。長門は「話がある」と俺にうったえ、俺は席を立ってパイプ椅子を机に押し込もうとしていた姿のまま固まり、 「なんだ?」 「情報統合思念体のこと。そして、わたしたちとこれからの世界について」 ジッとこちらを見つつ、 「我々が四年前に観測した正体不明の情報フレアは、涼宮ハルヒが発生させた次元の変容によるものだったと判断された。そして今、情報統合思念体と存在レベルを等しくする天蓋領域の出現によって、思念体は今までにない変化を迎えている。これは、彼らとコミュニケートする方法を画策していく上で内部の情報が次々と展開され、我々が抱えていた自身の進化の閉塞状況が発展の兆しをみせているということ。それによって現在の思念体は、もしかすると進化の可能性は既に自律的なものにはなく、異なる存在との関わりによって変化をみせるといった世界人仮説の中にあるかもしれないと感じている。わたしの役目はそれの解析に当てられるかも知れない」 「なんでわざわざお前がやる必要があるんだ?」 長門は少し考えるような間を置き、 「思念体には、不確実でまれに裏腹な意味を持つ人間の言葉を理解することが出来ない。が、わたしなら……なんとなく、解りそうな気がするから」 そっか。それはな長門。お前がどんどん人間らしくなってきてるから、感情を含めた人の言葉の意味が分かりだしているって意味なんだと思うぜ。 長門はボーっとしたように、 「そして情報統合思念体は、観測対象を涼宮ハルヒという個体から全人類へと広げ、本来の人間の性質を知るためにこの世界を正しい次元体系に戻し、全ての矛盾を消し去った上で人類の経緯を見守りたいと考えている」 「それ、SOS団や……朝比奈さんはどうなるんだ」 「……主流派の意見では、四年前、世界改変以前の状態から開始する案が濃厚だが、朝比奈みくるやわたしたちの関係性を残存させて現在を改変することも可能。しかし、それはわたしたちの状態が一般的な高校生としての観念に基づいたものへと修正されるのが前提」 ……淡々と話す長門を見て、俺の心はズキリと痛んだ。お前、それじゃ…… ――あの時と、一緒じゃないか。 もちろんそれは拒否する。本来の歴史とやらに後ろめたさがないわけじゃないが、今、この世界が俺たちの現実なんだ。やたらにいじくりまわす方がよほど勝手だと思うね。 それに佐々木と二人で喫茶店に残って話をしてからというもの、俺も過去やらを変えようだなんて思いはしないんだ。あの時の佐々木の言葉は俺たちに指標を与えてくれている。それにな、長門にとっても非常に大切なことも話してたんだぜ。 そう思って拒否の意向を示そうとしたときだった。 「長門さんはこの世界と思念体の提案した世界の……どちらを望むのです?」 古泉に視線を配る長門。考え込むように、 「……わたしには、どちらも選べない」 そうだろうよ。だからあのときこいつは俺に選択権を委ねたんだ。古泉、無粋な質問はするもんじゃないぜ。 俺の視線に古泉は気付かず、 「そう……ですか、そうですね。ですが、思念体が強硬にその変革を推し進めたりしないのでしょうか?」 「多分、ないと思う」 「ほう」と、俺と古泉。長門は俺たちを見回して、 「そう急ぐものでもないから。暫くは現状維持で十分。それに何故か現在彼らは、あなたたちの意見に重要性を見い出している。他の存在に意見を求めるなんて、今までの思念体にはない概念だった。これについては情報統合思念体自身も不思議に思っている」 それは俺たちの行動が結果に直結しているからだろうか? 確かに、俺は以前よりも体裁を構わず行動するようになってきてる。あちらも胡乱なことは言えないんだろうかね。 「なるほど、承知しました。僕の機関側としてはある意味一安心です。それと、現在長門さんの思念体との関係は良好な状態に回復しているんですか?」 一瞬ハッとしたような表情を見せた長門はすぐさま無表情に戻り、 「……わたしはあなたたちに伝えるように命令されただけ。依然としてわたしと思念体との接続は最小限のものになっている。こちらから彼らの情報をダウンロードすることは出来ない」 「それってさ、お前が人間味を帯びてきてるからなのか? それとも、なんか悩みでもあるのか?」 「後者については違うと断言できる」 「そうか。それならいいんだ。とにかく俺はその案には反対だ。こっちの選択肢にはないものとして考えとくように伝えておいてくれ」 長門はゆっくりとした瞬きで返事をし、 「でも、現在の時間連続体による世界構成は非常に不安定。長期の見通しだと、いつ、どんなキッカケで崩壊するか解らない。人間や思念体問わず全世界の未来を紡げなくなる不測の事態が発生した場合のために、宇宙をあるべき姿に戻すという思念体の提案も覚えておいて欲しい」 「ああ。だが、絶対に崩壊させやしない。それも俺たちの役割なんだしさ。自分の選んだ道にしっかり責任は持つよ」 そう言うと、微笑を浮かべた古泉は俺を見ながら、 「ええ。それは僕も同様です。ですが、いずれ次元の状態は元通りにしなければならないでしょうね」 そうだな。だが、それはまだ今じゃないと思う。まだまだカタをつけなきゃならんものが残っているしな。まだ俺たちには考える時間が必要だ。とりあえずそれは保留……って、なんだかどっかで聞いたような会話だな? と思いつつ俺は部室を後にし、朝比奈さん(大)の待つ教室へと向かった。 そして元・一年五組であり俺の一年次の教室の前に着き、俺は扉を開いて中に入る。 瞬間だった。 「――ぐっ」 いきなり腹部に重い衝撃を受け、俺は思わず声を漏らした。前方では教卓の前で大人の朝比奈さんがにこやかな表情をこちらに向け、俺の腹部には――、 「……誰だお前」 「グスッ、先輩……助けてくださぁい……」 かなりの確率で人違いをしているらしいこの少女は、俺に突如として飛びついて助けを求めてきた。 ――なんだ? このクラスの生徒か? しかし、ここは朝比奈さん(大)が指定した場所で間違いないはずだ。現に室内にはグラマラスビューティーな女性がおいでである。 もしかしてこの女の子には彼女の姿が見えていないのだろうか。だったらうかつに朝比奈さん(大)に話しかけられんが……。 「ひぅ、先輩が……みんなが、オカシクなくなっちゃったんですぅ……うう……」 「ちょ、ちょっと待った! 人違いだ!」 顔を俺の胸に埋めつつギュウっと抱きしめてくる少女を振りほどき、俺は驚き顔の少女と顔を見合わせる。 …………この少女、どこかで見覚えが――? なかった。 だが、なんとなく意識の片隅に引っかかるような雰囲気を持っている。風体を見回してみると、この女の子の背丈は長門くらい、体重は長門より軽いだろう。髪質はパーマの後ブローしなかったような癖毛気味、スマイルマークみたいな髪留めを斜めにつけているのが特徴といえば特徴的な記号で、制服のサイズが合っていないのか、どことなくブカブカした着こなしをしている。ちっともこなれていないが。 ……見れば見るほど会ったことはないと感じる。校内で不意に見かけた新入生だろうか。 「もう、先輩だけが頼りなんです……オカシクない先輩たちなんて、オカシイもん……」 いやもう困るしかない。 この少女は明らかに俺を認知した上で話掛けてきているが、俺には先輩という言葉が誰を指しているのか、また、オカシイのかオカシクないのかどっちなのか全く分からない。まあとりあえず身元を聞いてみようと、 「誰だ。まず名を名乗ってくれないか」 「あっ」少女は涙で濡れた顔をグシグシと袖で拭き、「ご挨拶がまだでした。フフ、この世界では始めましてですね。失礼しちゃった。ゴメンナサイです」 「……ん、」 ――なるほど。まだ名前もなにも言われちゃいないが、俺が受ける自己紹介としては非常に解りやすい。 このファーストコンタクトはひどく懐かしく感じられるな。一年程前に宇宙人や未来人や超能力者たちと出会ったときと一緒だ。この世界では始めまして、ってことはつまり……。 ――ついに来たか、異世界人。 藤原の世界人仮説を信じるならば、この世界も異世界と関連性があるんじゃないかというのが以前に話した古泉による異世界人の考察に繋がっている。この少女がどんな世界から来たのか不明だが、そこにも俺はいるらしい。多分SOS団もいるんじゃなかろうかと思うが、一体どんな世界なんだろう。 まあ、まずは俺も一応自己紹介をしておくかと考え、 「つまりキミは異世界人なのか。俺は」 「あ、多分あたしの知ってるキョン先輩と変わらないと思います。フフ。あたしは朝比奈みゆきです。これからよろしくです。しばらくお世話になると思います」 「へ?」 もう驚くこともないだろうと余裕ぶっこいてたら、すぐさま軽いジャブを喰らっちまった。 こいつ、さっき名前なんてった? 朝比奈だって? じゃあ、この少女は俺の朝比奈さんの妹ってところだろうか? 確かに、口調に似通った部分があるが……。 と、俺の脳内で数々の疑問が浮かんでいるときに大人の朝比奈さんがこちらへと近づき、 「キョンくん、驚かせてごめんなさいね。みゆきもいきなり抱きついたりしちゃダメでしょ? あなたは女の子なんだから」 「はぁい」 舌っ足らずな返事をする自称朝比奈みゆき。 てゆーか、どうしたものだろう。出来れば、俺は大人の朝比奈さんと二人っきりで話をしたいのだが。 「あー……」俺は言葉を考えながら美人教師風の女性に「この女の子はどうしたんですか? 何だか誰かがオカシクなったとか言ってますが」 すると少女のほうが頭を振りながら、 「ちがいますよう。SOS団のみんながオカシクなくなっちゃったんです」 まるでSOS団の初期設定が変態であるかのような言い草だ……って、確かに全員デフォルトで変態要素が付属してたっけ。最近唯一まともであった俺までもが怪しくなってきている次第であるが、 「どういうことなんだ?」 つまり、SOS団が普通人の集まりになっちまってると言うのだろうか。 で、俺たちに助けて欲しいと。 うーん、イマイチ話が掴めない。なにをもって助けることになるのだろう。それにSOS団が普通になったってのは……。 ――って、ちょっと待て。それって長門がついさっき話していた現象じゃないか? その異世界の思念体がSOS団、いや、世界をそのように変えちまったのか? いや、だがその世界がどんなものなのかが解らん限りは何も言えんな。 俺が異世界人らしき少女からもう少し詳しく話を聞いてみようかと思っていたら、 「キョンくん、現在とても大変な事態が発生しているの。詳しくはわたしが説明します」 と大人バージョンの朝比奈さんが言い、その後に少女へと笑顔を向け、 「みゆきちゃん、これからお母さんはキョンくんと二人でお話があるから、あなたは先に帰って待っててちょうだいね。もう勝手に遠くに出て行っちゃダメよ?」 「行かないもん」プイッと顔を俺に向け、「じゃああたしは失礼します。それと、あっちの世界の長門おねえちゃんが、解決の鍵は先輩だって言ってました。どうぞよろしくです。またすぐに会いにきますね。フフ」 カラリと笑ってちょろちょろと教室の外に出ていく朝比奈みゆき。 「もう」 それを見送る朝比奈さん(大)が溜息をつき、 「やっぱり子育てって大変ですね。小さい頃はとても素直な子だったのに、あの年頃になってからはわたしの話をロクに聞いてくれないの。この間もね、あの子ったら……あ、」 俺の顔を見て何かに気付いた。そりゃそうだろう。なんせ俺の目と口は点になり、まるで牛飼い座と乙女座と獅子座が織り成す春の大三角形を写しているんだから。当たり前だ。朝比奈さん(大)は普通に話を進めているが、明らかに説明不足だ。 俺は持ってきた質問を投げかける前に、それについて聞いてみた。 「……結婚されてたんですか?」 まさか子供がいるとは。しかもその子が異世界人だとは予想だにしなかった。だが、既婚であったというのは考えてみれば予想出来たはずだよな。不思議と俺のイメージの中にゃ微塵も存在しなかったゆえにモロに面食らっちまった。大体、本当の年齢も知らないんだから結婚がどうとかの話までは回らなかったわけで……。 「うふ。わたしはまだまだ独身ですよ? これ以上のプライベートは……禁則事項です」 口元にひとさし指をつけてウインクを飛ばしてきたが、俺には彼女の言っていることがまったくわからない。 もう呆然とマヌケ面を浮かべるしかなくなっていると、 「あの子の紹介がまだでしたね。うっかりしちゃった。あの子は、長門さんの子供なんです」 パードゥン? 「あ、長門さんから預かった子供って言ったほうがいいかな」 「……は?」 朝比奈さん(大)の話があまりにもぶっ飛んでいたような気がしたのでもう一回言って欲しいとは言ったが、正直二回も聞きたくはなかった。何故かって? 決まってる。 「な、長門の子供!?」 聞き間違いであって欲しかった。 「そうです」 肯定までされちまった。 「あの子は自分では気がついていないかも知れないけど……長門さんたちと同じインターフェイスなんです。あ、それでもわたしはあの子を本当の自分の子供みたいに思っているんですよ? 実際にあの子は、普通にしていれば同年代の女の子と全く変わらないんです」 「……すみません。最初から話して貰えませんか? 俺には、まったく話が読めないんですが」 危うく本題を忘れちまいそうな程にこの教室に来てから色々あった。 まず異世界人との邂逅を果たしたかと思いきや実は朝比奈さんの子供で、しかして本当は長門の子供であり、またさらにその子から異常事態が発生しているSOS団の存在を告げられては、こうして俺の耳から白煙が昇るのも無理はない。このまま話が進めばポンッという小気味良い音と共に思考回路がクラッシュだ。 「じゃあ、まずはあの子の話からしますね。覚えてます? この時間平面からの少し前、長門さんが最初に学校を病気で休んじゃった日のこと」 忘れるわけがない。あれは衝撃だった。実際は風邪でもなかったし、現在進行形で気にかかっている事柄だしな。 「あの日、わたしが家に帰ったら……部屋に赤ちゃんがいたんです。最初に見たときはホントにビックリしたんだから」 「……それは驚くでしょうね」 俺が風呂の蓋をあけたら妹が潜んでたってときですら肝を潰されたってのに、家に見知らぬ赤子が居たらそれこそパニックだ。 「でも、このわたしから見たらそれは必然でした。その赤ちゃんは長門さんがわたしに託した子で、こちらの未来で引き取ってわたしが育てるようになっていたの。そしてさっきの年齢になったら北校に入学させて、SOS団に加わる予定だったんだけど……」 「どうしたんです?」 朝比奈さんは少し困ったような顔を浮かべて、 「ちょっと最近あの子とケンカしちゃって……、みゆきは、わたしが涼宮さんから貰った制服を持って家を飛びだしていっちゃったんです。暫くしても一向に帰って来なかったから必死に探したんだけど、みゆきはどの時間平面にも居なくなってしまってて、もうわたしたちは大騒ぎしました。そうしたら先日ひょっこり帰ってきて、あの子は異世界に飛んでいたっていうのが分かったんです」 「そりゃまた、えらくスケールのでかい家出ですね。って、なんでハルヒから制服を貰ったんですか?」 「詳しくは禁則にあたるので話せませんが、わたしが北校を卒業してしばらくした後、涼宮さんがこれからは北校の制服がコスプレになるからって言って自分のをくれたの。制服ならわたしも当然持ってたんだけど、多分、涼宮さんはわたしともう会えなくなるっていうのを感じてたんじゃないかしら。だから、わたしも自分の制服を彼女にあげて二人で交換したんです。……ふふ、あの日は今でも思い出しちゃう。懐かしいなあ」 ……つまり、それが朝比奈さんとハルヒにとって二人が顔を合わせられる最後の日だったんだろう。俺は朝比奈さんにあげられるものなど無いように思うが、俺もなにか貰えたのかな? 「……へ? き、禁則事項ですっ」 あたふたと顔を真っ赤にしてそう言う大人の朝比奈さん。一体俺と朝比奈さんの別れに何があったんだろうか? とは言いつつも、もしかしたらお別れのキスが待っているのかもしれんなと感じている。俺だって彼女の反応をみてそれくらいの希望的観測は立てられるのさ。 「と、とにかく……ここからが重要なんです」 すぐさま真剣な表情になった彼女は、 「あの子が行ってた異世界というのが……涼宮さんが創造した、この世界を複写した世界だったみたいなの。……わたしも最初は信じられませんでした。だけどあの子の話を聞く限りでは、そうとしか思えません」 息をほんの少し吸い込むと、 「多分、その世界が発生したのは……新学期が始まって最初に行った不思議探索の日のうちだと思います。あの日キョンくんは佐々木さんから電話を貰っていますよね?」 ん、たしか……風呂に入っているときに電話があった気がするな。 そっか。佐々木が他三名を交えて俺と会合したいと申し入れてきたときだ。ええ、ありましたね。 「それはこちらにとっての規定事項だったの。あなたに佐々木さんの能力について知ってもらって、そして、未来人の彼が佐々木さんに話を持ちかけるための」 ……この話を聞いて、くっと俺の眉間にしわが刻まれた。 が、まだ朝比奈さん(大)には話がありそうなので黙って聞くことにしていると、 「ですが、その電話からこちらの世界とその異世界とが違ってきています。あちらの世界では、佐々木さんからの電話がみゆきからの電話に変わってしまっていて、日曜の佐々木さんたちとの話し合いがなくなってしまったんです。そして休み明けの登校日にはSOS団に入団希望の新入生が沢山入ってきたらしくって、みゆきはそこに紛れて涼宮さんの入団テストを受けて最後まで合格して……その世界のSOS団に加わってしまったんです」 ……もしかして、こっちじゃ団員募集の張り紙を貼ったのはいいものの、その意味に誰一人として気付かずに結局秘密のまま幻となったハルヒのあの入団試験のことだろうか? そう。そういうこともあったのだ。ハルヒは新団員を採るためにと頑張って入団試験を作ってたが、その試験をするまでもなく誰一人SOS団の門を叩く輩はなかったんだ。なんせチラシをぱっと見ただけじゃSOS団の入部試験だとは気付けないので、ある意味一次審査で全員が落っこちたってことだ。だから、俺は未開催だった入団試験の内容をよくは知らない。どんな試験があったんだろうか。それに一つ気になるのが、 「ハルヒが作ったあのめちゃくちゃな試験の問題に、よくあの子は合格したもんですね」 そう。ハルヒは試験問題を寝不足にまでなって考えてたとか言っていたが、完成稿にはたった一つの問題しかなく、それを見た俺たちは、ああこいつも本気で新団員を入れる気はなかったんだなと感じたような内容だった。それは何だったかと言えば…… 『SOS団入団試験:我がSOS団に足りないもので、それが加わったらもっと世界が盛り上がると思うものを書きなさい』 という無茶で無理無体な質問だった。俺たち団員なら迷わず異世界人と答えるが、はたして他の人がそう答えたところでハルヒが合格点を出すとは思わない。こんなヘンテコな問題を作った本人の理由としては、「問題を解くだけなら簡単でしょ。あたしが求めてるのは意気込みなの。そのレベルを問うには、自分で答えを作らせるのが最良で、これが出来なきゃダメなのよ。もちろん、採点はあたしの基準に照らしあわせてするけどね。面白かったら合格、そうでないなら残念無念、また来年ってこと」 つまり、あいつが計画していた入団試験は単なる気まぐれで、最終的にこの試験で落っことすつもりだったんだろう。 ……だがしかし、この問題に異世界人・朝比奈みゆきはなんて答えたんだろうか。 そんなことを考えていると、朝比奈さん(大)はなにやらあたりを見回し、誰も居ないことを確認すると、 「あの子は、多分何も知らずに書いたんだと思うけど……」 そう言って、あの少女の答えを教えてくれた。それは……、 『(A)未来からやってきた、魔法を使う宇宙人』 ……なるほどと思ったね。宇宙人と未来人と超能力者を一緒の鍋で煮込んだような答えだ。しかもそれを作ったのは普通人の振りをした異世界人だってんだから、合わせて一人SOS団の出来上がりだな。って、それじゃ団になってないか。とにかく、ハルヒが気に入りそうな回答としては模範に近いだろう。などと頷いていると、 「これ……ズバリあの子のことなんです。本人は気がついていないと思いますが……」 「じゃあ、あの子にも長門たちみたいな力があるんですか?」 「いえ、自分の意思で情報操作を行うまでには至っていません。だけど、インターフェイスとしての本能が無意識のうちに存在している……そうじゃないと考えられない行動をあの子は出来てしまうんです」 「それ、一体どんなことなんですか?」 朝比奈さん(大)は、「それは――」と言葉を溜めて…… 「――TPDDによって、異なる世界を渡ることです」 「……TPDDで、異世界を渡れるんですか?」 朝比奈さん(大)の言葉をそのまま疑問形にした俺の問いに、 「いえ、普通の時間平面破壊装置では不可能です。だって、それによる移動のベクトルは三次元方向にしか向いていないから。そうね……二つの世界を並走する列車で考えてみてください。わたしたち乗客は列車内しか移動出来ないけど、隣の列車に飛び移ることが出来たらもう一つの列車に乗ることが出来るってこと。他にも様々な問題があるんだけど、大体そんな感じ」 それでね、と続けて、 「あの子は時間平面を破壊するデバイスを再構築して、ベクトルの方向を自在に操れるように改造しているみたいなの。これは海洋船を宇宙船に作り変える位とんでもないことなんだけど、完成された理論を有するインターフェイスになら可能だったということです。情報統合思念体はTPDDを使用しないから考えもしなかったんだけど、みゆきによってそれは証明されましたから。これは多分、わたしたちの人間的な教育が彼女になんらかの影響を及ぼしているんだと思うわ」 そのTPDDは宇宙の彼方まで行きそうだなと思いつつ、 「……なんとなく、異世界を渡る能力についてはわかりました。それで、その異世界では何が起こっているんですか?」 俺が聞きたいのはこちらの世界についてだが、流れ上これを聞かないわけにはいかないだろうなという気持ちから出た質問に、 「一言で表すなら……涼宮さんが能力を暴走させているんです。もしかしたら、そうさせるために世界を創造したのかも……」 「それ、勝手に能力が暴走しているのとは違って、ハルヒがそうさせているって話ですか?」 「ええ、恐らくは」 ……俺の中で、雪山で遭難したときの心境がフラッシュバックされた。 あんまりな話だ。それじゃ、その世界の俺たちが浮かばれない。コピーがどうのという話じゃなく、あまりにも利己的で、自分勝手な行動じゃないか。 ハルヒがそれをやっただって? ……正直に言おう、俺には信じられないな。あいつはいつだって自由奔放だが、そんな人の心を弄ぶよう真似をやるわけがない。だから、つまり――、 「お決まりの無意識ってやつでしょう。それなら解る。そりゃ誰にだって抑えようにも抑えられない不可抗力なんだから」 いつだって問題を起こすのはハルヒだが、あいつが悪いわけじゃないんだ。悪いのはあいつに宿っちまった変哲な能力で、言っちまえばハルヒだって被害者みたいなものなのだ。 俺の目の前にいるスレンダーな朝比奈さんは、 「ええ。きっかけはそうだったんだと思います。それでね、その世界でみゆきがSOS団に入った後、こちらの世界でも行われたSOS団と佐々木さんたちとの話し合いがありました。こちらでは長門さんの代わりに喜緑さんが参加していたけど、あちらではみゆき以外の純団員で会合があったみたいです。どんな話だったのか詳細は不明ですが、結果からするとこちらの内容とほぼ同じだったと思われます。そしてその後、橘さんの組織はこちらと同じ事件を起こしたの。でも、その結末もこちらと相違ありませんでした」 意見が平行線のまま終わった、最初のSOS団とあいつらでの話し合いのことか。あの後の橘京子側の策略には俺が一人で疲弊するハメになったが、別に思い返すこともないだろう。その次の日に俺は周防九曜に拉致られて…… 「それが終わって、世界に徐々に変化が現れてきました。えっと、この変化はこちらとの違いとかじゃなくって、そのままの意味で世界がおかしくなっていってるんです。未確認生物や超常現象、それらが世界各地でひっきりなしに発生したんです。その世界のわたしたちには伝聞した情報しか伝わってなくて涼宮さんは信じていなかったけど、実際にそれらは存在していました」 「……ん? 俺が周防九曜にさらわれる事件はなかったんですか?」 朝比奈さん(大)は沈鬱な表情を作り、 「キョンくんが九曜さんにさらわれることはなかったわ。多分、そちらの世界のわたしはひどく慌てたと思います。規定事項が、二つも消えてしまったんだから」 「……規定事項? 二つとは?」 「一つはさっき話した佐々木さんからの電話で、もう一つは、九曜さんの空間に閉じ込められたあなたを未来人の彼が助け出すという行動です」 ……なんか、オカシイぞ。藤原はあれは予定外だったって言ってたじゃないか。だが、あれはこの朝比奈さん側にとって規定事項だったってのか? 「……なんで藤原に俺を助け出させる必要があったんです?」 朝比奈さん(大)は少しもじもじした様子で、 「詳しくは禁則事項ですが……あれがないと、彼らは『あの事件』を起こさないからです。わたしたちにとって、それが起きることこそが大切な規定事項でしたから」 ………俺は言葉を作れなかった。 いま口を開いたら、俺はこの人を糾弾せずにはいられないだろうからだ。 ――あの事件。それは佐々木を巻き込んで、あいつの閉鎖空間に《神獣》を生み出しちまったSOS団と藤原との抗争だ。落ち着いた結果こそ得られたが、それが全部……藤原の行動も含めて、俺の目の前にいるこの女性の未来の、掌の上の出来事だったってのか。気に喰わない。あんたらは俺たちの釈迦であるつもりなのか? 言っとくが、俺たちはいいようにされてばっかりの猿じゃない。それを俺は言いにきたんだぜ、朝比奈さん(大)。 「話を戻しますね」 俺の心が惨憺としてきていることに気付いていないかのような声で、 「ここからは、時間的にこの世界では未来の出来事になります。この世界での今度の日曜日……三日後ですね。あちらの異世界で行われた市内の不思議探索で、SOS団は佐々木さんたちと鉢合わせをします。そして結果だけ言えば、九曜さんを初めとして、彼らとSOS団の正体が涼宮さんにばれてしまうんです」 「ハルヒに……俺たち、いや、古泉や長門、朝比奈さんの正体が……?」 「いえ、わたしたちだけではありません。それに、彼女が一番動揺したのは――」 ……次の言葉に、俺は目を見開いて驚愕の色を表さざるを得なかった。 「――キョンくんが、ジョン・スミスだったこと。それを聞いた涼宮さんは、時空改変能力を発動させて宇宙の姿を変え、情報創造能力によって世界を作り変えてしまったんです」 「……まさか、俺がもしジョン・スミスだとハルヒに名乗っちまえば……世界はそうなるってことなんですか?」 「……恐らくは。これはわたしたち未来人がずっと懸念していたことなんです。涼宮さんが不思議と出会って、それを認めてしまうこと。それが前から話していた強力な分岐点なの。我々はそうなった場合を予測も出来なかったんだけど、みゆきのおかげで今ここに一つの可能性が示されました。この事態はなんとしても回避しなければなりません」 「確かに、その世界は助けなきゃならない。ですが、それがこっちの世界でも起きることはあるんですか?」 「こちらの世界でそれが起きるとは思いません。ですが三日後、この世界がその異世界と同じ時間軸になったとき、こちらの世界はその世界から強力な干渉を受けると推測されます。何故なら、その世界が『立方時間体』によって作られているから」 また妙なワードが出てきた。お願いだからもう勘弁してほしいと言いたいね。 「『立方時間体』による世界を平たく言えば、空間ではなく、世界全体が閉鎖されてしまった世界なんです。今までの閉鎖空間は『紙』単位で閉鎖されていたんだけど、今回は『本』として閉じられたってこと」 「……それが、なんでこっちの世界に影響を?」 「閉鎖されてしまった世界には、それ以後の未来が存在しません。なのであちら側の世界はこちらの世界と同期を図り、歴史をこちら側の世界の未来で進行させようとすると予測されています。こちらの世界の体系が『平方時間体』から『立方時間体』に変化することはありませんが、STCデータ……つまり世界の内容は同じものになってしまうの」 「じゃあ……こっちの世界の俺たちも記憶をなくしちまうんですね」 「はい。ですが、それどころの騒ぎではありません。そのまま未来を放っておけば、近い将来に地球がなくなってしまうんです」 地球壊滅の危機らしいので厳粛に話を聞いていると、 「こちらの世界は『平方時間体』で出来ていますから、涼宮さんの情報創造能力は消えません。そして、異世界での出来事を思い出してみてください。新しい団員、超常現象の発生、そして……宇宙人や未来人、超能力者や異世界人と涼宮さんの邂逅を」 ……つまり、その世界ではハルヒの願望がことごとく叶っているってことか。 「でも、なんで地球がなくなるですか? ハルヒはそんなことを願いはしない」 「いいえ。本人にその気はなかったとしても、彼女は願ってしまっています。そして、地球が壊滅してしまうのは……早くて約十六年後、長くて約二十五年後です。涼宮さんが織姫と彦星のどちらに願いを唱えたかによって変わりますね」 「………………………」 やたら長い三点リーダは、俺が過去の記憶を検索しているためだ。 「……ハルヒ。やっぱり、アホな願いはするもんじゃないぜ……」 これは検索結果への俺の感想だ。なにが導き出されたかというと――――、 『世界があたしを中心にまわるようにせよ』 『地球の自転を逆回転にして欲しい』 ハルヒが去年の七夕で笹に吊るした願い事の、後者の方だ。フライングですでに一つ願いが叶ってるじゃねえか。もう自重してもいいだろう。とは誰に言えばいいんだろうね? だが、もとよりそんなことを言ってる場合じゃない。 「根本的な質問なんですが、その世界を助けるにはどうすれば良いんですか?」 朝比奈さんは少し沈み込んだように、 「それは……長門さんに聞いてみないといけません」 「長門に? ……ですが、さっきまでのあいつはそんなこと微塵も言ってませんでしたよ? そんな重大な事態が起こっているんなら、あいつがそれを俺に言わない筈がない」 「うん。だって現在の彼女はこの事態を知りませんから。だけど、情報統合思念体は知っているはずなんです。世界が二つに分かれてしまった瞬間から、私よりも詳細に全ての出来事を。世界がアニメや漫画だとするなら、思念体はそれを別の所で認識する視聴者のようなものですから」 確かに長門と思念体には不仲説が流れてるし、あいつも思念体の情報をダウンロード出来ないって言ってたな。 「じゃあ、喜緑さんに聞いてみましょうか? 今なら教えてくれそうだし」 「いえ、それは望めません。彼女は最初からこの現象を把握していましたし、第一、観察が目的の思念体としては現状のままで困ることはないんです。地球が滅んだとしても、もとより彼らにとっては些細な出来事でしかありませんから」 ぬ……。思念体にとっても、なんやかんやする俺たちより大人しい俺たちのほうが良いだろうしな。人間の観察も、ハルヒの能力がありゃどうとでもなる。 じゃあ、俺たちが黙ってても世界は思念体の望みどおりになっちまうところだったってことじゃねえか。……くそ、思念体もこの朝比奈さんも、親玉クラスのやつらは信用できやしない。今じゃ、よっぽど藤原のヤツの方が好印象のように感じるね。どっちにしろ不愉快だ。 「それにあちらの世界は閉鎖されているので、こちらの思念体は観察こそすれ干渉は出来ないんです。今のみゆきも、TPDDであちらに向かうことは出来ません。あの世界には、無限のエネルギーがありませんから」 どうしようもないじゃないか。……でも、 「だったら、その異世界がそうなっちまう前の時間に遡行して、それを防げばいいんじゃ?」 「今となってはもう不可能です。それに、今日わたしがここにみゆきを連れてくるのは元々規定事項として存在していたの。だから、もしかしたらその異世界の発生も必然だったのかも。わたしが何も聞かされていなかっただけで」 「へ? それを教えるために来たんじゃないんですか? じゃあ、ここに来た本来の目的は?」 「長門さんに関わる規定事項を実行してもらうためです。えっと、既に今、古泉くんも長門さんもあなたに協力的ですよね?」 ああ。あいつらの上がどうであれ、俺たちはちゃんと信頼し合っている。ここにくるまで長かったような短かったような気がするが、石炭がダイヤに変化する程の時間はかからなかったし、SOS団はそれ以上のモンに成形されていると自負するね。 「ふふ、良かった」 大人の朝比奈さんは不意打ち気味に秀麗な笑顔を作り、 「この規定事項が上手くいけば、多分その異世界の異常も正しく修正できるようになると思います。今こそSOS団の皆が力を合わせて行動するときなの。みゆきも含めてね」 ……ってことは、ある程度のオチがここでつくってわけか。ようやくだ。 「わかりました。その規定事項ってのは何なんですか」 「実行するのは明日なんだけど、内容はキョンくんが過去の空白を埋めること。それがなければ、現在のわたしたちが存在していませんから」 「は?」 ……過去の空白、そんなんあったか? 「あります。とても重要な……《あの日》の中に。明日キョンくんには、長門さんが世界を改変した瞬間に再度飛んで貰うことになります。今度は、前回と違う結末で終わらせなければなりません」 ……意気込むまでもなかったな。これにはwhatと言わざるを得ない。 「――なんで……」思った以上にうろたえていたことに気付きながら、「あの日は……既に、終わってるじゃないか。だから今があるんだ。その過去を変えちまったら、この現在は……」 ――ちょっと待てよ。 そうだ、今が変わっちまう。現在の俺たちがいなくなってしまうんだ。何故、この人はそんなことを俺にさせようとする? まさか俺が……古泉だってそうだが、大人の朝比奈さんに懐疑的だからか? だから歴史をやり直そうってんじゃないだろうな。自分の存在が脅かされる前に先手を打っておこうってハラなのか? 「いえ、あれは繰り返された時間を作るために……」 「ちょっと待ってください」 このまま朝比奈さん(大)の話を聞くのは危険だ。丸め込まれちまう可能性がある。 「その前に聞いておきたいことがあるんだ。俺があの山で拾った棒のことです。なんであれの存在を俺たちに黙ってたんですか?」 「あれは過去のわたしが知るにはまだ早かったの。知らなければ、こちらがウソをつかないで済みますから」 ニコヤカにUFOの存在を大統領に教える秘書のような台詞を吐き、 「それに、あなたが後でそれを拾うのも規定事項として出ていましたので」 「…………」湧き上がる黒い情動を抑えつつ、「もう一つ。藤原のことなんですが、あいつから聞いた話は本当なんですか?」 「ええ。彼の話した理論は偽りのない真実です。ですが……」 ――もう、わかった。 「え?」 目を丸くする朝比奈さん(大)に、 「あなたの話については間違いがあるってことでしょう?」 「……そうですけど、これはちゃんと説明しないと……」 「もう聞きたくないですね」俺は続けざまに「俺が今日聞きたかったのは、俺があなたの未来からやらされている行動は正しいのかどうかってことだった。そして、藤原はあなたたちを虚像の未来だと言った。それを丸々信じ込んじゃいなかったが、あんたがこれから俺にやらそうとしていることはおかしいじゃないか。もともと、過去を変えるってのはタブーなはずだ。けど、そうさせる理由は説明が付く。あんたは、今の俺たちが邪魔なんだ。だから歴史を変えて、俺たちがもっと未来に従順な犬の場合の現在をつくろうとでもしているんだろ。俺が今一番聞きたいのは……あなたたちは、一体何者なんだ?」 「……わたしたちはこの歴史の先の未来です。そして藤原さんの未来は、実はわたしの未来より少し先の地続きの未来なんです。まだ詳しくは禁則なので言えませんが……。それでね、彼らには今までの行動をして貰うために、彼の過去であるわたしの時間平面で組織内の情報を調整していたんです。実は規定事項は記述統計学に基づいて立てられるものではなくて、世界の遺伝子と呼べるものを分析したものなの。その遺伝子の中からわたしたちの行動が影響しているものを見つけ出して、その通りに時間を調整するのが未来人の仕事」 「そんなことはどうだっていいんだ。あなたは佐々木を巻き込んだ事件も、長門の事件のときだって規定事項だって言ってましたよね。それはつまり、そっちの未来を導くためにあんたらが仕組んだことなんじゃないのか。正しい未来ってのは、一体なんなんですか?」 「……未来に、正しいも間違いもありません。向かってくるものを受け入れながら、進んでいった結果が未来に繋がるんです。これは藤原さんの話を聞いていたときに、キョンくんがわたしに言ってくれたことでしょう?」 ……ああ。そうだった。だから、俺がこれからやることに文句はなしにしてもらいますよ? 「ええ。俺たちは自分で未来を作っていく。だから、俺はもうあの時間には行きません。これでいいんですよね?」 「……それでは、これを受け取ってください」 と言いながら、さして慌てた風でもない朝比奈さん(大)は俺に封筒を差し出してきたが、俺はそんな彼女を見て……、 「……もういい加減にしてくれ。その手紙は何なんだ? 俺の答えがわかってたとでも言うんですか?」 「そ、それは……」 ――もう、我慢の限界だ。 「俺は、あんたらのあやつり人形じゃないんだよ! ……もう踊らされるのはごめんだ。大体、あんたらは人の気持ちをなんだと思ってやがる。あの小さな朝比奈さんだってそうだ。長門も、佐々木もだ。そのに、あの日に戻れだって? もう長門にあんな光景は見せたくないし、俺も二度と見たくはない。そっちの未来にいいように振り回されてちゃあ迷惑だ。だからこれからは、俺たちは自分で未来を切り開いて行く。あんたの命令なんか聞かずに、俺たちが信じた未来をね。その異世界だって俺たちが自力で救ってみせるさ。なんせ、どのみち動くのは俺たちなんだから」 「待って! またあの過去に行くのは……長門さんのためなの! 今は行きたくないのなら、お願いだから、この手紙だけは――」 「……要らないって言ってるじゃないですか。俺も、もうあなたと話すことはないんです。色んな意味でね。じゃあ、俺はこれで失礼します」 戸惑いながら必死に俺へとうったえ続ける彼女を尻目に、俺は踵を返して教室の外へと向かった。 「――あの場所で、待っていますから……!」 待ちたいなら好きなだけ待っていればいいさ。だが……。 もし俺がそこに行くとしても、俺の朝比奈さんも一緒に連れて行く。いや、SOS団の全員で。だ。 第五章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4218.html
九章 まどろむ朝。今日もまたSOS団雑用係としてのハルヒに振り回される一日が始まるのか、という北高に入学して以来、 ずっと抱いている憂鬱ながらまんざらでもない感傷に浸り、 その直後、現在自分の身体に起こっている異変を思い起こし、絶望する。 それが俺のここ一日二日の朝だった。 それだけでも俺は今すぐ自分の首を締め上げたい衝動にかられるのに、今日はさらに最悪だ。 俺は昨日ハルヒにお別れを………… 何だ、もう学校に行く必要もないじゃないか。 お袋、親父、それに妹よ。悪いな、俺は今日この家を出て行く。お前達は無事生き延びて帰ってきたら、今まで通りの日常を過ごしてくれ。 やったな、これで一人分の食費、生活費、その他諸々が浮くぞ。 何だ。最悪だと思ってたが案外清々しいじゃないか。昨日はいい夢も見れたしな。 ハルヒが抱き締めてくれる夢…………を?ん?あれは本当に夢だったのか? 布団の中で、そこまで思考を展開していると………… 「コラーーー!!あんたいつまで寝てるのよ!いい加減起きな!!!さい!!!」 その声とともに俺を覆っていた布団が舞い上がり、俺の体は外気に触れブルッとなる。 妹か?なんて思考を巡らす暇もなく、俺はそこにいる人物が誰かを理解した。 「えー、あー……ハルヒ…なのか?学校……は?」 「あんたまだ寝ぼけてるの?今日は日曜でしょ!それに明日からは冬休みじゃない!ほら、朝ご飯出来てるわよ!さっさと顔洗って来ちゃいなさい!」 何だ、その休日なんだからいて当然!みたいな言い方は。 何故こいつがここにいる?夢か、これも夢なのか?いやだが妙にリアルに感じるな。 まるで昨日の夢みたいな……いや、そもそもあれは夢なのか?夢であってほしい。 というか、そうでないと困る。だって夢の中のハルヒは俺の今の状態を………… 「ぶつぶつ夢だなんだ…うるさいわね。」 しまった、混乱しすぎて口に出していたか。いや、でもこれも夢なら別に問題は………… 「はぁ…………夢じゃないわよ。昨日も、今もね。」 ハルヒは妙に説得力のある声で言った。 「じゃあもしかして……お前……………」 「ええ、あんたが何をしていたのか……全部……………知ってるわ……そう……全部ね…」 ――ずっとあんたと一緒にいるから―― 夢と思っていた記憶の奥底にある、その言葉を思い出した。 「帰れ!!!」 突如、俺の心に羞恥にも似た不快な感情が溢れだし、それはその言葉を発するまでに至った。 「俺を見るな!お前は俺と関わるべきじゃないんだ!!お前のためなんだよ!!帰れよ!ほら早く!!!」 叫び始めた寝起きの俺を前にしても、ハルヒはその目を少しも泳がせたりせず、じっと見ている。 「何ヤケクソになってんのよ!あんた今のまんまじゃどうなるか分かってんの?!」 「ああ、分かってるさ!!こんな命……ましてお前の世話になって得る命なんて願い下げだ!」 ハルヒの表情がみるみる怒りの感情をあらわしていく。 「はぁ~、ダメ、我慢しようと思ってたけど…やっぱ感情のコントロールって難しいわね。」 その言葉を聞き終わらないうちに俺の部屋に『パン!!』という心地よい音が響き渡った。 ほっぺた、いてぇ…… 「ふ…ざけんじゃないわよ!!許さない……死ぬなんて絶対許さないんだからね! 言いなさい!何であんたは覚せい剤なんてバカなことやったの!!」 ……何でだ…クソ!何でだよ!何で思った通りに動いてくれないんだ!ちくしょう!ちくしょう!………………そうかよ…………なら……… 「こっちにだって考えがある。」 俺はそう言うと台所に駆けていった。大丈夫、理性はある。脅すだけ……ギリギリの所で止められるはずだ。 お前のせいだからな。もし万が一が起こってもお前の責任だ。お前が俺の思い通りにならないのが……悪いんだからな。 台所には味噌汁のいい香りがしたが、そんなのに構ってられる程の余裕は今の俺にはない。 調理に使ったであろうその包丁を手に取る。 ドクン!! それを持った途端、心臓の鼓動が、鼓膜にダイレクトに聞こえてきた。 一瞬、朝倉がそこにいるような感覚がしたが、すぐに消える。 だ、大丈夫だ。落ち着け、俺。早まるなよ。脅すだけ、そうだ脅すだけだ… 俺は急いで部屋に戻るため階段を駈け登り、扉を強引に開く。 ……とハルヒは部屋を出て行く前と同じポーズでそこにいた。 「ったく!あんた何しに行ってたのよ!悪いけど、あれはもうこの…い……」 ハルヒの目がわずかに下に下がり、 俺の両手で前に突き出すように握っている包丁を捕らえると、その顔は一気に蒼白くなっていった。 大丈夫…忘れるな。理性を忘れるな。 「悪いが本気だ!これ以上俺の家に居座るならどうなるか…こいつを見りゃわかるだろ。 今の俺は正気じゃないからなぁ!!何するか分からないぞ!」 自ら作り出した狂気じみた演技に飲み込まれそうになる。落ち着け…落ち着け! 「キョン…あんた…」 ハルヒがみるみる恐怖に染められていく……はずだった。 何でだ…何でお前はこの状況でそんな顔が出来る… 俺の前には、もう何十年ぶりになるのではないかと思うくらい、久々に感じる、 大胆不適で強気な笑みがあった。 ズン!と音がするくらいしっかりとした足取りで、ハルヒが一歩ずつ近付いてくる。 一歩、また一歩。ついには俺とハルヒの距離は、俺が突き出した包丁一本分しか無くなってしまった。 あと一歩踏み込んだら、確実に包丁はハルヒに突き刺さる。 後ろに下がろうにも、部屋の壁がそれを許さない。 完璧に追い詰められてしまった。ちくしょう…こんなときまで俺はハルヒに…… !!!!! 俺の思考はそこで中断してしまった。ハルヒが前に踏み出すかのように右足を僅かに浮かせたからだ。 「バッ!!!」 咄嗟に包丁を横に投げた瞬間、ハルヒは俺にのしかかってきた。 仰向けの俺に覆いかぶさっているハルヒの顔は俺の胸に押しつけているため、確認出来ない。 そうか、こいつはこれを狙っていたのか。だけど、もし俺が動揺せず包丁を構えたままだったら、こいつは…… 「はあ……はあ……」 ハルヒの超高速で鳴っている心臓の鼓動が伝わってくる。それと同時にハルヒの肩が小刻みに震えているのも確認出来た。 「ハルヒ…………」 「黙ってなさい。」 その言葉と同時にハルヒは顔をこちらに向けた。 なんつーか……俺は何てことをしてしまったんだろう。ハルヒの顔は冷や汗でびしょびしょだった。 「………から……」 「え???」 「負けないから。絶対にあんたを治すまで……もう…決めたんだから……!」 俺は何て声をかけたらいいか分からなかった。俺がずっと黙っていると、ハルヒは、 俺の上からどき、素早く包丁を取り上げると言った。 「さっさと顔洗って来ちゃいなさい。」 俺はハルヒに言われた通り、顔を洗うため洗面所にいる。やれやれ、結局ハルヒに言いくるめられちまった。 …………あいつ、あんなに震えてた。当たり前だ。一歩間違えれば死んでいた、その恐怖は計り知れない あの時、あいつは信じたのだろうか。ドラッグに侵され、おかしくなっちまった俺を。 命をかけるだけの価値、俺にはもうねえだろうが……俺は…お前を裏切ったんだぞ? ふと俺は顔を上げ、鏡を見た。 「何だよ、こりゃ……」 お前はバカな奴だよ、ハルヒ。こんな目の下にクマがあって、 肌は土気色で表情筋が暴走したように引きつってる奴が包丁持って目の前にいたら、普通逃げ出すだろ………… リビングに戻ると、何とも豪華な朝食と、エプロンを脱いでる途中のハルヒが俺を出迎えた。 献立は……魚の塩焼きに味噌汁、厚焼き玉子、肉じゃが、これ以上ないってくらい純粋な日本の朝食だ。 ハルヒがこういう純和風なメニューを作るのは新鮮だな。何となく、サンドイッチとか洋風なイメージがあった。 「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。」 「あ、ああ…………」 そういや昨日は何も食ってなかったな。一気に空腹感が増してきた。 急いでイスに座り、味噌汁を一口飲む。途端、俺に衝撃が走った。 「…………!!!」 声にならないとはこのことだろうな。この世のものとは思えないくらいうまい、冷えきった心身が温まってくる。 魚を箸でほぐしもせずかぶりつく、うまい、うまい……幸せだ……… こんな当たり前のことが、今の俺にはどうしようもなく嬉しかった。 「ハ……ルヒ……」 涙が止まらない。俺は…人間に戻れる…… 「なあに?」 にじむ視界の先にはハルヒが微笑んでいる。 「俺……生きたい………」 この時のハルヒの顔は忘れられないね。どうしたらあんなにも喜びを表情で表せられるのだろう。 「当たり前よ!!」 「それから、もう一つお願いがあるんだ。」 もっと生きてる喜びをかみ締めたい。 「ポニーテール……してくれないか?」 機関運営の葬式場。そこでオレは河村から衝撃の告白を受けた。 「神を……殺す?それって涼宮さんのことを言ってるのか?」 目の前の男は狂気に顔を歪ませ、続ける。 「他に誰がいるんだよ。お前なら奴を呼び出すくらい簡単だろ?センパイの苦しみを味合わせてやるのさ。」 思考がまとまらない。こいつは今何と言った? 確かに今までにも河村は涼宮さんへの不満をよくオレに漏らしていたが、これは明らかに別物だ。明確な悪意と殺意。 「い、言ってる意味が分からない。」 「お前だって嫌気が差してたんじゃないか?俺達の進む人生は奴によって180度ねじ曲げられたんだぜ? 神様ごっこはここいらでやめにしようじゃないか。」 冗談じゃない、確かに涼宮さんを恨んだ事がないと言えば嘘になるし、 もし自分がこの力を与えられなかったらどれだけ平和な毎日を送れていただろうと考えることもあった。 それは嘘じゃない。 だけど、この力のお陰でオレはSOS団に出会えた。何もない、平凡な暮らしから脱却出来たんだ。 オレはいつの間にか、涼宮さんに感謝していた。殺すなんて有り得ない。 「少し、考えさせてくれ。」 思考とは裏腹に、オレの口から出たのは臆病で怠惰な先送りの言葉だった。 「ああ、分かった。いい返事期待してるぜ。それから美那にこのことは言わないでくれ。余計な心配かけたくない。」 「田丸さん、少しいいですか?」 場面は変わってオレは田丸さん(兄)と話している 「実は………」 この時オレは親友を売った。 「そうか、河村が…いつかはこんな時が来るかもしれんと思っていた。…………古泉。」 田丸さん(兄)は真剣な表情でオレを見つめている。 「私はこのことをたまたま耳に入れた。お前達の会話を盗み聞きしてな。 お前は誰にも、このことを漏らしていないし、これから私がやろうとしていることも何も聞かされていない。いいな。」 オレは数人の機関の面々に取り押さえられている河村を目の当たりにしている。 「大人しくしろ!!」 田丸さんや荒川さんが激をとばす。 「古泉!お前……裏切ったな!何故だ!答えろ!!古泉ぃ!!!」 「タックン!タックン!!やめて!タックンを放してよぉ!」 オレはその時河村を見捨てた。涼宮さんを守るために。 それから河村は自らを捕縛しようとする仲間達を何とか振りほどき市内を駆け回った。 最後にたどり着いたのは春日さんの家だ。家の周りを包囲されると抵抗する気力もなくしたのか、大人しく捕まった。 その時は夢にも思わなかった。河村が春日さんの家で押収され残した覚せい剤を手に入れていたなんて。 河村は、機関本部の地下に幽閉された。人権無視も甚しい話だが、何せ世界の破滅がかかっている。 だから、この決定に疑問を抱く者はいなかった。あの春日さんですら。 「春日さん……オレ……」 「気にしなくていいよ。機関にいる以上、涼宮さんに害を及ぼす存在は抹消しなければならない。 古泉くんにはあれ意外の選択肢はなかったもんね…」 正直、かける言葉が見つからなかったオレは、 「ごめん……」 という謝罪の言葉が精一杯だった。 「あれ~?古泉くんは告げ口してないって話じゃなかったの~?」 いじわるそうに聞いてくる春日さんの笑顔は、今にも壊れそうで。 「別に恨んでないよ。全ては……涼宮ハルヒが悪いんだから……」 だからこそ、その言葉を聞いた時はゾッとした。 それから日がかなりたったある日、河村は食事を持ってきた見張りの一瞬のスキをついて、屋上に脱走した。 その時、河村は見るもの全てに自殺願望を与えるような表情をしながら言った。 「なあ、古泉、美那……」 地獄から響いてくるようなその声を、オレは忘れられそうもない。きっと春日さんも同じだろう。 「俺は今、とても清々しい気分なんだ……」 その言葉を最後に、河村は人間とは思えない程の跳躍でフェンスを飛び越え………落ちた。 授業が終わり、HRが終わり、いつものようにオレはSOS団部室にその足を運ぶ。 「古泉くん!!」 春日さんが走ってきた。あんなことがあったから休んでいるとばかり思っていた。強い人だ。 「どうしたんです?」 「え?ちょ、敬語……ううん、別にいいや…今日もあの部室に行くの?」 「そうですが。」 オレが行かない事で涼宮さんがイライラを積もらして閉鎖空間を作ったら大変だからな。……なんて、自惚れすぎか。 「何で?だって…だって涼宮さんは…!」 「聞きたくない。」 オレは咄嗟に言葉を遮った。 「僕だって何かにすがりついてなきゃやっていけない気分なんです。」 その言葉の持つ残酷さを知っていたが、自分のことだけで精一杯だった。 春日さんは呆然と立ちすくしていた。それをOKの合図と無理矢理解釈して、オレは歩き出した。 ノックを数回。無言が自己主張しているのを確認すると、オレは扉を開けた。 部室に入ると一番に目に入ったのは長門さんだった。いつもの指定席で本を読んでいる。 「他の皆さんはまだ来てませんか。」 ゆっくりと長門さんが目を合わす。 「休まなくていいの?」 ああ、やっぱりこの人は気付いているのか。彼女なりの気遣いが嬉しい。 「おや、僕の心配をしてくれるのですか?」 「……………」 ドガン!! 突然の爆音だ。それと同時に残りの三人がなだれ込んでくる。 「さぁ~みくるちゃん!さっさとこれに着替えるのよ!!」 変わらない。 「ふぇ~、やめてください~」 あんなことがあっても関係なく回り続けている。 「おい、ハルヒ!朝比奈さんがいやがってるじゃないか!何だっていきなりこんな服を着せようとしてるんだ。」 オレはこっちの居場所を選んだ。 「何でって、みくるちゃんもあと半年後には卒業じゃない!今のうちに出来る格好は全てやっておくべきよ!!」 楽しいな。 「だからってだなぁ。もう少し朝比奈さんの心労やその他諸々も考えてやって……」 「っだーー!うっさいわね!あたしはみくるちゃんの為を思ってやってるんだから!うれしいわよね!みくるちゃん!」 あの場所を霞ませてくれる程に。 「ふぇ、あの、あたし………」 「ほら!これとーっても可愛いでしょ!こんなのみくるちゃんに着せちゃったら男共は失禁モノよ!ね!有希!」 「……………そう」 次はオレにくるな。もう既に答えは用意してある。 「ね!古泉くん!!」 何も知らない、だからこそ明るい笑顔で涼宮さんは尋ねてくる。さて、オレもとびきりの笑顔を作ってと…… 「誠に結構かと。」